1982年夏の甲子園出場を果たした宇治(当時)のベンチ入りメンバー=村岡さん提供

1982年夏の甲子園出場を果たした宇治(当時)のベンチ入りメンバー=村岡さん提供

立命館宇治高の三室戸グラウンドを訪れ、先輩OBらと語らう(右から)渡辺さん、松本さん、村岡さん=宇治市莵道

立命館宇治高の三室戸グラウンドを訪れ、先輩OBらと語らう(右から)渡辺さん、松本さん、村岡さん=宇治市莵道

 7日に全国高校野球選手権大会の初戦に臨む立命館宇治(京都府宇治市広野町)に、37年前に前身の宇治で夏の甲子園に出場したOBたちがエールを送っている。当時の思い出を振り返りつつ、「今回こそ甲子園初勝利を」と願いを込める。

 宇治が夏の甲子園に前回出場したのは1982年。初戦の相手は「大ちゃんフィーバー」を巻き起こしていた荒木大輔選手を擁する早稲田実業(東東京)だった。中学生のクラブチームで野球を教える村岡貞晴さん(54)=京都市南区=は「客席は超満員。一塁側は女性ファンで埋まっていた」。

 左翼で4番だった渡辺一貴さん(54)=伏見区=は「守備で目測を誤って走者を出し、先制打を打たれた」。その後、荒木選手に3点本塁打を浴びて0-12の敗戦。力を出し切れず聖地を去った。

 大学進学後、肩を傷めて競輪選手に転向。最高位のS級1班まで進んだ。引退後は接骨院を開き、立命館宇治硬式野球部のトレーナーも手掛けている。

 渡辺さんは、甲子園は恥ずかしい思い出と思っていた。だが、昨年の京都大会決勝で大敗して悔しがる後輩たちを見て「出られただけでも幸せ」と思いを改めた。今年の選手には「僕たちの忘れ物を取りに行ってほしい」と初勝利を願う。

 あの年、主力は79年の初出場を見て翌年に入学した3年生だった。主将で捕手だった介護施設職員松本成昭さん(54)=右京区=は「今年こそ甲子園に行かないと、という気持ちはあったけど、(京都大会は)リラックスして戦えたと思う」と振り返る。そして、同年の選抜で早稲田実業と対戦した西京商(現西京)を決勝で破っての甲子園切符だった。

 松本さんは早稲田実業戦で先制され、気持ちが切れたことを悔やむ。「今の子らはまじめにやってきている。点を取られても、がっくりくることはないだろう。一つずつ勝ち進んでほしい」と思いを込める。代打で出場した村岡さんは「選手にとっては初めての舞台。楽しんで戦って」と応援している。