終戦から74年の夏が巡り、戦争の記憶が徐々に遠ざかる一方、悲しみと心のつかえを抱えたままの遺族らが少なくない。

 第2次世界大戦で海外や沖縄などの戦地で亡くなった約240万人のうち、半数近い約112万人の遺骨は現地に残され、故郷の遺族の元に戻っていない。

 ようやく3年前、遺骨の収集を「国の責務」と位置づけた戦没者遺骨収集推進法が成立し、2024年度までを「集中実施期間」としたが、帰還は遅々として進んでいない。歳月の壁に加え、国の収集事業のずさんさが次々と明らかになっている。

 はるか異郷に置き去りにされた遺骨の収集は、日本が遠方まで侵攻を広げ、戦火に巻き込み、「赤紙」1枚で送った多くの一般国民を犠牲にした戦争への反省と向き合うことでもあるはずだ。

 国はできる限りの手だてを講じ、遺骨の帰還に取り組む責任がある。戦争のむごさを刻み、伝える大きな宿題といえる。

 厚生労働省のホームページに戦没者遺骨の分布地図が掲載されている。未収容はフィリピンの約37万人、中国の約23万人などアジア・太平洋地域に広がる。無謀な戦線拡大で敗走、玉砕が相次いだのも要因だ。

 これまで収容できたのは復員兵らが持ち帰った約93万人と、1952年以降の国事業分を合わせた約127万6千人。同省は、残る遺骨のうち海没分などを除く約59万人分は収容可能としているが、集中実施期間として進めても3年連続で収容数が千人を割り込んでいる。

 さらに先月発覚したのが、旧ソ連に抑留され、シベリアで死亡した日本人のものとして、厚労省派遣団が5年前に収集した遺骨16人分の問題だ。全てが日本人ではないか、日本人ではない可能性が高いというDNA鑑定が昨年に出ていたが、同省は結果を公表していなかった。

 「鑑定結果の精査や整理に時間がかかった」と弁明するが、わずかな望みを託して待つ遺族の心情を軽んじていないか。

 埋葬地の選定や現地での鑑定の在り方を検証し、他にも取り違えの可能性がないか明らかにすべきだろう。

 遺骨収集を巡っては、フィリピンでの事業が、日本人以外の遺骨が含まれているとの指摘を受け、2010年から18年まで中断した。16年には旧ソ連での遺骨収集で、61人分の歯を焼失し、DNA鑑定ができなくなった。

 相次ぐミスは、国が人物の特定より、収集する遺骨の数に力点を置いていることが背景にあるとの指摘がある。

 厚労省の有識者会議は先月、遺骨を原則、国内に持ち帰り、DNAを抽出して照合情報を増やす見直し案を示した。現状は省内に鑑定の専門家がいないため大学に実費で委託しており、十分な体制拡充が求められよう。

 収集地を巡る戦友らの情報は年々減っている。厚労省は海外公文書の戦闘記録にも当たり、戦没者の埋葬地と推定される国内外1695カ所を23年度までに現地調査する方向という。

 遺族らの高齢化も進む中、時間との闘いにもなっている。