近江、丹波の国衆を調略して支配を確立した明智光秀の人物像に迫る歴史本「明智光秀と近江・丹波」

近江、丹波の国衆を調略して支配を確立した明智光秀の人物像に迫る歴史本「明智光秀と近江・丹波」

 織田信長の重臣だった明智光秀が、近江や丹波に侵攻した際、地域を治めていた国衆を調略し、支配を確立した過程を紹介する歴史本「明智光秀と近江・丹波 分国支配から『本能寺の変』へ」を、大山崎歴史資料館(京都府大山崎町)の館長福島克彦さん(54)が刊行した。

 本は、美濃・越前・京▽近江調略▽丹波攻略▽分国支配▽本能寺の変と山崎の合戦の5章からなる。福島さんは、光秀が交わした手紙などを詳細に読み込み、人物像を明らかにした。

 近江調略では、1571年の比叡山焼き打ちの6日前に雄琴の国衆、和田氏に宛てた手紙に注目した。味方に転じた和田氏と仰木の国衆・八木氏への感激を、「感涙」と表現したと説明。それでも両氏を警戒した信長側が人質提供を求めたことを2人にわびるなど、光秀の気遣いと冷静な人柄を紹介している。

 「本能寺の変」については、光秀が直後に盟友の細川藤孝に宛てた手紙に「不慮」(細川文書)と書かれている点に着目。京都には当時、信長と嫡男信忠が至近距離で同時にいたことが謀反の引き金となったと分析し、「思わず光秀の反逆の意識を芽生えさせた」と結論づけた。

 B6判・188ページ。1620円(税込み)、サンライズ出版。