解体工事が進む富永屋(向日市寺戸町)

解体工事が進む富永屋(向日市寺戸町)

 残念に思う。そんな言葉しか出なかった。西国街道沿いに江戸時代から残っていた旧旅籠(はたご)「富永屋」(向日市寺戸町)の解体作業が今月始まった。個人にゆだねられてきた歴史的建造物の継承は、何に価値を見いだすのかが問われていると感じた。

 富永屋は町家の遺構を持ち、1735(享保20)年の棟札が残る。伊能忠敬や徳川慶喜ら立ち寄った人々のネームバリューだけではなく、向日神社の門前から町場が広がった市の歴史を伝える建物だった。物語は事欠かなかった。

 同時期の町家は、隣接する京都市内にもほとんどない。火災のほか、人々の生活の場であるために更新や建て替えが行われるためだ。希少性もあった。それでも建物はなくなった。

 所有者の苦悩や支援者の思い、行政の対応を1年近く取材してきた。個人所有の歴史的建築物は、解体の歯止めがかからない状況になっていることを実感した。町家建築に詳しい、京都府立大の大場修教授は「建物を継承するには、所有者や周囲が価値を共有することが重要」と指摘する。富永屋が存続できなかった理由の一つだろう。

 市は、国の補助金を財源に2015年に買い取りを目指したこともあった。一帯を巡る情報発信の拠点施設という位置付けだった。交渉が不調に終わり、期限を迎えた後は公有化は議論されなかった。所有者の男性(73)の意向を重視したという。

 男性は解体を決めた背景に、体調面の不安と家族への思いがあった。自身が継いだ約30年前、1千万円以上負担した相続税が気がかりだった。

 個人所有物であり、文化財指定もされていないため解体に法的規制はない。所有者にとって維持するには大きすぎる負担であり、行政にとっては、公平性や財源の面から、個人財産に公費を投入する懸念もある。ただ、400年以上続いた歴史は途絶えた。継承するという点で価値を見いだし、互いに議論することはできなかっただろうか。

 京都市内では、町家を改装したカフェやレストランが無数にある。活用することで保存し、継承されている事例といえる。町家は、景観面でも商業面でも地域にとって欠かせない建物として共有されている。人々の営みを現代に伝える価値が認識されている。

 解体工事が行われた日、記者は富永屋の前で朝から立ち続けた。チェーンソーの音が響き、重機が入る。それでも関係者以外に足を止めた向日市民は、ほとんどいなかった。富永屋の解体が、歴史の継承を考える契機になればと思う。