西洋医術を極めるため墓から人骨を掘り起こして研究する。そんな強烈な個性を持った医師は村人らに警戒されていた。その村を伝染病のコロリ(コレラ)が襲った▼コレラ菌が見つかっていない明治初期の話である。医師は治療に奔走するが、消毒のため井戸に投げ込んだ石灰を毒薬と曲解され、村人らから凄惨(せいさん)な暴行を加えられる。史実を基にした吉村昭さんの短編「コロリ」で描かれた悲劇である▼病気に関する知識も情報もない中で、患者が増加し続ける。疑心暗鬼が募れば過激な行動も誘発しかねない-。病の流行へのおびえが人間の理性を曇らせることを、この作品は示している▼新型コロナウイルスによる肺炎の感染者は世界で6千人を超えた。発生地の中国・武漢市では交通が強制的に遮断され、病院に患者が殺到して混乱するようすが報じられている。「孤島」と化した大都市で、感染へのおびえが増幅しないだろうか▼日本でも人から人への感染が疑われる事例が確認された。これまでと異なる対策が講じられよう。だが過剰反応や疑心暗鬼は禁物だ。断片的な情報の曲解や感染者への中傷など、あってはなるまい▼専門家によると、インフルエンザと同じく、手洗い、うがい、マスク着用などの対策が効くという。冷静に、備えを固めたい。