きくち・のぶよし 1943年生まれ。77年装幀家として独立。講談社文芸文庫、平凡社新書などの基本フォーマット担当。『ユリイカ2019年12月臨時増刊号』で特集。映画は出町座で公開中

 1カ月に90冊、つまり1日3冊のペースで本の装幀(そうてい)を手がけるほど多忙な時期もあった。装幀家として独立して約40年。埴谷雄高や吉本隆明、中上健次から詩人では谷川俊太郎、伊藤比呂美、さらに俵万智や平野啓一郎といった文芸書を中心に、デザインしたのは2万冊近いと思う。

 受注があると、本のゲラを読み込む。関心の対象はテキスト。生身の著者に会いたいとは思わない。デザインに用いる活字を指先でこすり、はさみで切って組み合わせるなどの手作業が続く。私自身はスマホやパソコンを使わない。事務所スタッフがデジタル化する。製本までの一連の実作業が、広瀬奈々子監督のドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』で目に見える形になった。

 今、紙屋さんと話しても紙の廃版が話題になる。書店が減り、誰もがネットで買う。しかし、紙の本は立体物。手触りに大きな意味がある。映像化は私の名誉ではなく、本のためによかったと実感している。

 20代は広告宣伝のアートディレクターだった。家電製品で除湿器を扱った際、「除湿」の2文字を強調したデザインを考えた。コピーライターらとの共同作業だが、タイポグラフィーを当時も意識していたのだろう。後にフランス人ブックデザイナーに、漢字の存在をうらやましがられた。実際、「鳥」を斜体にして拡大すれば、鳥が飛ぶ姿になる。アルファベットでは、表せない芸当だ。

 装幀家としての原点は、銅版画家・駒井哲郎氏によるブランショ『文学空間』(現代思潮社)の黒と白を用いた装幀だ。テキストでは、ブランショ『来るべき書物』冒頭の一節「彼女たちは、未だ来るべき歌にすぎぬその不完全な歌によって、航海者を、そこでこそ歌うという行為が真に始まると思われるあの空間へ導いていった」が出発点だ。

 装幀は瞬間芸だ。書店で本を手にした人に「読みたい」と思わせるのが理想の装幀ではないか。人が自分を問い直し、「私」が立ち上がる。消費者が生産者になり、目的買いではない本との出会いが生まれる。

 書名、著者名、新聞広告を客の頭から消し去り、「いい本だな」と思わせる。レジでカバーを付けられるまでの一瞬の劇でもある。といっても、鷲田清一『見られることの権利<顔>論』(メタローグ)では背からも書名を外して帯だけに入れたら、鷲田さんに驚かれたのを思い出す。

 仕事にひと区切り付けた今、コンピューターの目で「菊地信義の心」を相対化したい。自己表出を他者の目で客体化し、表現へ。装幀は「本」を商品化すると同時に手にした人の「私」を起動させる表現でもある。「紙の本」のために心を澄ます。(装幀家)