「滋賀県警の責任を追及したい」と決意を語る西山さん(28日午後7時5分、彦根市小泉町)

「滋賀県警の責任を追及したい」と決意を語る西山さん(28日午後7時5分、彦根市小泉町)

 「うその自白」をもとに、24歳で逮捕されてから15年余り。西山美香さん(40)=滋賀県彦根市=は3日、再審の初公判を迎える。汚名が晴れる瞬間に向け、法廷で証言する練習を重ね、「捜査は正しかったのか。滋賀県警の責任を追及したい」と思いを強めている。無罪が確定的な一方、再審公判は「冤罪(えんざい)」がなぜ作られたかの解明には課題を残す。

 西山さんは、介護が必要な祖母の力になりたいと思い、2002年12月から東近江市の湖東記念病院に勤めた。介護福祉士の資格取得を目指して勉強もしていた。
 勤めて半年後、入院中の男性患者が死亡した。西山さんは、業務上過失致死容疑の捜査で滋賀県警の任意の取り調べを受けた。刑事に何度も厳しく詰問され、「人工呼吸器のチューブを外した」とうそを言ってしまった。一転優しくなった刑事に好意を抱いた。そして、言われるままに「自白」していった。
 殺人容疑の逮捕状を見せられ、「家には帰れない」と言われた。まさか逮捕されるとは思っていなかった。深夜の留置場で「早く家に帰して」と叫んだ。
 裁判では、「私は殺していません」と否認し続けた。手錠をかけられた姿を両親に見られることがつらかった。一審で懲役12年の判決を受けた瞬間は、頭が真っ白になり、どうやって法廷から退出したのか記憶がない。血の気の引いた顔でうつむく、傍聴席の父だけを覚えている。そして、刑務所で服役することになった。
 出所後も、苦労が続いた。約30社でアルバイトの面接を受けたが、半年以上決まらなかった。面接官に「再審しようとしている人が、サービス業は無理でしょ」と言われた。ようやく地元の工場に採用されたが、定時のチャイム音を聞いたり、会社の電話が鳴ったりすると、「刑務所にいるのかな」と混乱した。PTSDと診断された。
 初公判を控え、井戸謙一弁護団長を相手に、被告人質問の練習を繰り返している。「間違ったことを言ったら大変だから緊張する」。法廷に立つのは重圧だが、県警に対し「捜査が正しかったか、はっきり説明すべき」と、責任を追及したい気持ちが強い。
 大好きだった2人の祖母は、最後まで西山さんを心配しながらこの世を去った。無罪判決を得た後に、改めて介護福祉士の資格取得を目指すことを考えている。