車窓を眺めながら一服つける旅のひとときも過去のことか。京都などを発着する近鉄特急で座席に座ってたばこが吸える車両が廃止になった。鉄道各社で喫煙車はほぼ絶滅し、愛煙家の居場所はますますなくなる▼「時刻表」の1982(昭和57)年11月号に「禁煙車の設置」という記事を見つけた。国鉄の在来線昼行特急で自由席1両が禁煙になるのがニュースだった。それまでは原則どこの座席でも紫煙をくゆらせられたわけだ▼昔の日本映画を見ていても、喫煙の場面がよく出てくるのが新鮮に感じる。客間で向き合うのと同時にたばこを取り出す。取調室で刑事が容疑者に1本勧めたり、列車で隣に座った人からライターの火を拝借したり▼昭和の時代と比べ、たばこほど地位が転落した嗜好(しこう)品はない。健康被害を考えれば当然だろう。ただ、会話のきっかけや考えごとをするのに重宝した一面は忘れがたい▼東日本大震災の後、宮城県の海沿いの町で聞いた漁師の言葉が耳に残っている。全国から数多くの支援物資が届いたが、「何が一番欲しかったって、たばこだ」▼町全体が津波に襲われ、家も商店も流された。大勢の知り合いが亡くなり途方に暮れる。これからどうするかと思案するとき、取りあえずたばこを吸いたくなる気持ちはよく分かった。