アジアカップ大阪城大会に出場し、バイクで力走する山本(2019年9月、大阪市)

アジアカップ大阪城大会に出場し、バイクで力走する山本(2019年9月、大阪市)

 20年超にわたりトライアスロン男子で現役を続けてきた北京五輪代表の山本良介(国際スポーツ振興協会、京都市上京区)が、2020年限りで第一線を退く意向を固めた。「心身ともに集中して取り組める最後だと思った」。40歳となった「鉄人」は五輪とともに歩んだ競技人生を振り返り、今季に懸ける胸の内を明かした。

■トライアスロン男子、京都の「鉄人」今秋引退

 思い返せば、五輪が道しるべだった。転機はトライアスロンが初めて正式競技として実施された00年のシドニー大会。腰痛などで一度は競技を離れていたが、現地で熱気に触れ「この舞台で戦いたい」と再起した。
 4年後のアテネ大会は補欠に回ったが、スタートラインに立った瞬間に「勝てると確信した」という08年のアジア選手権を制し、念願の五輪切符をつかんだ。競技を始めて10年余り。「出場できることでほっとしたのかもしれない」と北京大会では不安と焦りから描いたレースプランを遂行できず30位。悔しさだけが募った。
 以降、合宿などを除き1年の半分は地元を拠点に1人でトレーニングを積み、昔から通う京都踏水会などで鍛えた。スイムで先頭に入り、バイクで抜け、ランで逃げ切る-。直球勝負のスタイルを貫き、出場は果たせなかったが、ロンドンとリオデジャネイロの2大会でも代表争いに食い込み、トップ選手の存在感を示してきた。
 ただ、4年前に大腿(だいたい)部を故障して以降、良かったころの感覚を取り戻せないまま「ずっと霧の中でもがいていた」と話す。3年ぶりにロングディスタンス(計最長約225キロ)からオリンピックディスタンス(計51・5キロ)に戻った昨季、アジアカップなど各種大会に出場したが納得いく結果は出せず、「強化指定ランクを上げられず、代表争いから離れた戦いを繰り広げている」と引退の決断に至った。
 ラストレースは秋の日本選手権と決めている。集大成となる残り1年に全身全霊を注ぐ。「続けてきた人間にしかわからない最後の自分との戦いとなる」

【やまもと・りょうすけ】1979年、京都市生まれ。幼少期から水泳を始め、18歳でトライアスロンに転向。2008、09年のアジア選手権で金メダルを獲得し、北京五輪は30位。10年の日本選手権で初優勝した。