くろだ・らいじ 1961年生まれ。福岡市美術館学芸員を経て現職。第1~5回福岡アジア美術トリエンナーレを共同企画。著書に「終わりなき近代 アジア美術を歩く2009-2014」。

 2019年6月4日付の京都新聞によると、京都で開かれた性的少数者(LGBT)への理解を深める公開講座を主催したのは、僧侶らによる団体だった。キリスト教文化の根強い欧米よりも、日本のほうが同性愛者に寛容だと聞いたことがあるが、仏教文化のおかげだろうか?

 その話を聞いたのは、1997年に私がハン・ティ・ファムの個展を福岡市美術館で開いたときだ。ベトナム出身で、ロサンゼルスを拠点にベトナム人かつレズビアンであることを主張する鮮烈な写真作品を制作していた。作家自身が全裸で仏像の印相を結んだ写真作品『レズビアンの戒律』は、祭壇状の構成により仏教の伝統を参照している。

 作品が制作された1990年代初頭は、米国美術界で多文化主義が話題だった。最多のアフリカ系、歴史の長い中国系、増加するヒスパニック、そして60年代以後の韓国系などの美術家が「人種」というアイデンティティーを扱うなかで浮上したのが、性志向のテーマだった。

 福岡市では、2018年から九州で初めて性的マイノリティーの関係を尊重するパートナーシップ宣誓制度を始めている。その制度も背景に、福岡アジア美術館では「アジア美術からみるLGBTQと多様性社会」というテーマで所蔵品を展示している(3月17日まで)。

 シリーズ写真『家族を再定義する』は、自分と同性の恋人、古い家族写真などを、スライド投射や多重露光で組み合わせたものだ。見えてくるのは、ベトナムの家父長制やアメリカのナショナリズムに隠蔽(いんぺい)された性と家族の複雑さであり、故郷の家族との、そして恋人との別離まで、徹底して個を生きようとする強烈な意志とともに、孤愁感もただよう。

 最近になってファムが本格的に仏教を学び、出家したと聞いた。パンク風ファッションだった彼女が尼さんになるとは! 彼女が仏教に人生の帰結を見いだしたのであれば祝福すべきだろう。

 しかし現在、米国でも、日本を含む世界各地でも社会の分断がすすんでいる。出家することは個人的な救済のひとつにすぎない。

 個展から20年以上たった今思えばファムほど直截(ちょくせつ)にレズビアンとしての自己を見つめたアジア人作家は他にいなかった。強者・多数派による弱者・少数者の排除や抑圧に抗した彼女の声が、時代と地域を超え、宗教や人種やSOGI(性的志向・性のアイデンティティー)の違いも超えて私たちに届くのであれば、彼女の作品=生が、「社会を再定義する」可能性を示していたからだ。(福岡アジア美術館運営部長)