初三郎作品の中でも異彩を放つ「叡山頂上一目八方鳥瞰図」。ちょうど東の方角の端に小さく赤い富士山が見える(日文研所蔵)

初三郎作品の中でも異彩を放つ「叡山頂上一目八方鳥瞰図」。ちょうど東の方角の端に小さく赤い富士山が見える(日文研所蔵)

日文研が「初三郎富士100選」の一つに選んだ「朝鮮大図絵」(1929年)の一部。右端の日本列島上に富士山が描かれている(日文研所蔵)

日文研が「初三郎富士100選」の一つに選んだ「朝鮮大図絵」(1929年)の一部。右端の日本列島上に富士山が描かれている(日文研所蔵)

 「大正の広重」と言われた京都生まれの地図絵師、吉田初三郎(1884~1955年)は、国内はもちろん異国の地を描いた鳥瞰(ちょうかん)図にも必ずと言っていいほど富士山を描いた。数ある「初三郎富士」から特徴的な100選を、国際日本文化研究センター(京都市西京区)が選んだ。極端なデフォルメと大胆な構図で知られたが、なぜ富士山にこだわったのか。その謎を解き明かす鍵が100選から浮かぶ。

 珍しい初三郎作品を多数所蔵する日文研は一昨年11月、大阪市西区の市立中央図書館で収集品約60点を展示した。100選は、昨夏発行した図録「吉田初三郎 鳥瞰図へのいざない」の中で紹介した。
 ひときわ異彩を放つのが「叡山頂上一目八方鳥瞰図」(1926年)。初三郎の鳥瞰図は横長の構図が多いが、比叡山の真上からの視点で一帯を真四角の地図に地球儀のように描いている。少し赤みがかった富士山が琵琶湖の向こう側の端に、ぽつんとある。「誰もが知るランドマークを通じて、地理的な位置を示そうとしたのではないか」。図録の編者の一人、日文研の劉建輝教授(日中文化交渉史)は語る。
 初三郎は朝鮮や台湾など、はるか遠い外地の地図にも「霊峰」を描いた。
 「領土拡大する帝国日本の一体感を演出する狙いがあったのではないか」。100選には外地を描いた鳥瞰図も入れた。初三郎は従軍画家として大陸の地を踏んだ。「大正から昭和初期の大観光ブームの中、初三郎が描いた旅行パンフレットによって国民イメージが形成された」。スマホもない時代、誰もが知る富士山を忍び込ませ、帝国の姿を想像させる意図のようだ。
 図録「吉田初三郎 鳥瞰図へのいざない」は非売品で、日文研や大阪市内の図書館で読むことができる。日文研は初三郎鳥瞰図のデータベースを本年度中に公開する予定。