「桜を見る会」を巡り安倍晋三首相が問われている疑惑とよく似た構図ではないか。

 京丹後市の三崎政直市長、福知山市の大橋一夫市長それぞれの後援団体が、支援者が出席した飲食を伴う催しで参加費の一部を負担していたことが京都新聞社の取材で判明した。

 いずれも支援者から参加費を集めていたが、支出総額との差額は後援団体が補填(ほてん)していた。

 選挙区内の有権者への寄付(利益供与)を禁じた公職選挙法に抵触する可能性がある。

 公選法には有権者への寄付を認める例外規定があり、大橋氏側は催しがこれに該当するとして、「問題ない」との姿勢だ。

 ただ、有権者には不透明な支出と映る。なぜ、どのような目的で補填したのか、公選法に触れる認識はなかったのか。問題がないというなら、その根拠をきちんと説明する必要がある。

 特定の有権者への利益供与が戒められているのは、政治や行政の公平性をゆがめるためだ。

 政治家や政治家の後援団体には冠婚葬祭を含め、選挙区内の人への寄付が原則として禁じられている。そんな「常識」を改めて確認しなければならないのは、これに類する行為が後を絶たないからだ。

 「桜を見る会」の疑惑も、安倍氏の後援会が主催し、地元支援者らが参加した夕食会の費用について、会費との差額を安倍氏サイドが補填したのではないかと指摘されている。

 一国の首相が公選法違反に問われかねない局面である。しかし、安倍氏に進んで疑惑を晴らそうとの姿勢は見えない。

 そればかりか、集めた会費は後援会に入れていないとして、政治資金収支報告書に記載しなかったことを正当化し続けている。主催したのに、後援会は単なる仲介者だったというのだろうか。苦しい主張にみえる。

 不記載を他の議員がまねても問題はないかと国会で聞かれると、「同じ形式であれば問題ない」と語った。疑問を持たれかねない経費処理の仕方を、首相自らが推奨したようなものだ。

 深刻なのは、利益供与の疑念を持たれた閣僚が過去の安倍内閣に複数いたのに、同じ問題が繰り返されていることだ。

 2014年に小渕優子経済産業相の関連団体が支援者向けの観劇会費用の一部を負担した疑惑が浮かび、小渕氏は閣僚辞任を余儀なくされた。

 昨秋には有権者に贈答品を贈ったことを認めた菅原一秀経産相が辞任に追い込まれた。

 小渕氏らを任命し、事実上更迭したのは安倍氏である。

 その当人が、同じような行為をしたとして追及されている。利益供与への戒めをまるで考慮していなかったかのようだ。

 政治の「私物化」と言われても仕方あるまい。改めて疑惑に対する真摯(しんし)な説明を求めたい。

 京丹後、福知山両市長の後援団体の問題にも同じ背景がうかがえる。政治活動に絡む資金に関して鈍感になっていないか。

 有権者も自戒が必要だ。政治参画は大切だが、金銭や贈答品を介した政治家との関わりは政治の私物化に手を貸すことになるとの認識は持っておきたい。