映画プロデューサーの日下部五朗さん(1999年11月20日撮影)

映画プロデューサーの日下部五朗さん(1999年11月20日撮影)

 太秦の東映京都撮影所(京撮)を拠点に、「仁義なき戦い」や「極道の妻(おんな)たち」シリーズなどを手掛けた映画プロデューサーの日下部五朗(くさかべ・ごろう)さんが7日、腎不全のため京都府内で死去した。85歳。岐阜県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。

 早稲田大卒後、映画黄金時代の1957年に東映入社。京撮に配属となり、製作進行係から63年の「変幻紫頭巾」でプロデューサーになる。映画プロデューサーの故俊藤浩滋さんのもとで「日本侠客伝」など任侠映画を作る一方、中島貞夫監督と組んだ京撮初の現代劇「893愚連隊」(66年公開)など若者視点の新しい映画作りにも努めた。
 70年代の「仁義なき戦い」や「日本の首領」シリーズも立ち上げから関わり、80年代以降には「鬼龍院花子の生涯」や「序の舞」など文芸路線を切り開いた。
 今村昌平監督「楢山節考(ならやまぶしこう)」も手掛け、1983年のカンヌ映画祭で最高賞パルムドールを獲得。授賞式に欠席した今村監督に代わって檀上でトロフィーを受け取った。86年に始まった「極妻」シリーズをはじめ、「吉原炎上」「肉体の門」など、京都を中心に約130本の映画を企画した。