上空を旋回するハヤブサに「ホッ」と声を掛けると、衣川さんの腕に舞い降りてきた(京都府福知山市夜久野町平野・夜久野高原)

上空を旋回するハヤブサに「ホッ」と声を掛けると、衣川さんの腕に舞い降りてきた(京都府福知山市夜久野町平野・夜久野高原)

疑似餌を使ってハヤブサを訓練する衣川さん(京都府福知山市夜久野町平野・夜久野高原)

疑似餌を使ってハヤブサを訓練する衣川さん(京都府福知山市夜久野町平野・夜久野高原)

 鋭い眼光のハヤブサを左腕に止まらせ、川べりを歩く。岸の向こうには、羽を休めるカルガモの群れ。殺気立つ相棒を御し、しばし息を潜める。緊張が頂点に達した刹那(せつな)、一気に腕を振りかざすと、獲物めがけて一直線に飛んでいった。

 京都府福知山市夜久野町の衣川正幸さん(67)は「人間と信頼関係を築くのが難しく、狩りができるようになるまで3、4年かかる。それを乗り越えて、タカやハヤブサが雄大に空を飛ぶ姿を見られるのが鷹匠(たかじょう)の醍醐味(だいごみ)」と気さくな口ぶりで話す。
 タカなどの猛禽(もうきん)類を操り、野鳥やウサギといった小動物を捕る鷹狩り。自然界の頂点に君臨する肉食の鳥と狩人との異質で孤高な関係だが、古くから世界各地で発達。国内では日本書紀に記述が残るなど、伝統的な放鷹(ほうよう)術の技法と文化が醸成されてきた。
 福知山市夜久野町出身。幼少の頃から動物が好きで、自然に囲まれて育った。小学生の頃、日本最後の鷹匠と呼ばれた沓沢朝治を描いた映画「老人と鷹」を見て、自然の中でタカを操る姿に憧れた。織物や電子部品の製造業を経て、40代後半から社交ダンスのインストラクターとなり、休日の趣味としてタカを飼い始めた。
 まず、人に慣れさせるのに1カ月間、左腕に止まらせ続ける。朝起きてから寝床に就くまで、食事中も常に。警戒心が解きほぐれてくると、ひもにつないで少しずつ外に連れ出し、訓練に移ってゆく。
 放鷹術や生態に関する書物を読み込み、実践を通して技術を体得してきた。人から人へ移動させる「振り替え」、木の枝に飛ばしたタカを人の元へ呼び戻す「渡り」。狩りで失敗したり、うまく帰還できなかったりしても決して叱らない。タカに敬意を払い、辛抱強く時間をかけてコミュニケーションを図る。タカが安心して休める、乗り心地の良い人の腕を追求することで、互いの絆が深まってゆく。
 現在、自宅の隣の鳥小屋で、オオタカやハヤブサ、ハリスホークなど14羽の猛禽類を飼育する。餌の食べ具合や体重などを日々ノートに記録し、体調管理に細心の注意を払う。「空腹でないと、タカが獲物を途中で諦めてしまう」といい、2週間前から体重を約100グラム落とし、集中力を高めて狩りに臨む。
 「鳥たちは大事な家族のような存在。子どもみたいに思っている」。まれに、山中ではぐれて行方が分からなくなることがあり、発信器を頼りに深いやぶや雪の中を汗だくになって探し回る苦労もある。
 鷹狩り文化の継承に鷹匠の存在は欠かせない。自然環境の保護や命の尊さも、鷹狩りを通じて発信したいという。後継者を育てようと4年前から弟子の指導を始め、20~60代の4人に自らの経験を伝えている。「粘り強くタカと接するうちに、だれでも意思の疎通ができるようになる。若い人にも伝統文化を継承していきたい」。空高く舞う、タカの姿を見つめる顔は、少年のように輝いていた。