生で聴けるのは最後かもしれない。三大テノールの一人、プラシド・ドミンゴさんの東京公演を聴いた。御年79歳。世界を熱狂させたかつての華やかさはないが、円熟した歌声が心に染みた▼最近は中音域のバリトンに活躍の場を広げる。伸びやかな声の張りを保ちつつ、情感豊かに男女の心の機微を歌う姿に、歌の本質が超人的な発声だけではないことを再認識した▼ベルディのオペラ「ナブッコ」からの二重唱。王女に位を追われた古代バビロニアの王の悲しみを切々と歌う。老いてこそ表現できる人生の苦渋がにじみ出ていた▼セクハラ疑惑の渦中での来日。晩節を汚したことは残念だが、アンコール4曲を熱唱し、日本語で「故郷(ふるさと)」を歌ったのは、日本のファンに対する感謝の思いからだろう▼歌舞伎の世界でも大御所が頑張る。昨年12月の南座顔見世では京都育ちの人間国宝、坂田藤十郎さん(88)と片岡仁左衛門さん(75)の3世代共演が話題となった。それぞれの孫、中村壱太郎さんや片岡千之助さんにとって、祖父の存在は大きな糧になったはずだ▼どんな役者にも老いは訪れる。「今回が最後かも」と全力で舞台を務める姿が感動を呼ぶ。会社員も生涯現役を求められる時代だ。人生の舞台にどう立ち続けるのか、覚悟が問われている気がした。