同じ権威ある賞なのに影が薄い。芥川賞の芥川龍之介に対し、直木賞の直木三十五の話だ。昭和初期に活躍した作家で、きょうは命日の南国忌▼直木の43年の生涯は波乱に富む。大学を除籍後、仲間と設立した出版社、雑誌の発刊はいずれも生来の浪費癖で失敗。京の映画人らと挑んだ映画製作も続かなかった▼一方で文才は輝かしい。小説や随筆、翻訳、文壇のゴシップ記事まで。代表作「南国太平記」で大衆文学の質を高め、直木賞を創設した菊池寛は<彼の快筆こそ一味清新な刺激>と評した▼ユニークなのはその筆名だろう。31歳で直木三十一と名乗り、年齢に合わせて三十二、三十三に。<惨死>を連想する三十四をとばし、三十五で止めた。斜に構えた気概がのぞく▼反骨心で浮かんだのは先日亡くなった丹後出身の野村克也元監督、ノムさんである。ライバルの王さん、長嶋さんをヒマワリに、自身は日本海の砂浜に咲く月見草に重ねた。選手時代の偉業は言うに及ばず。データ重視のID野球、選手を復活させる「再生工場」で野球の本質を極めた▼<失敗と書いて、せいちょう(成長)と読む>。直木の人生にも通じるノムさんの言葉に、ふと思った。投手の沢村栄治賞に対し、優れた捕手に野村克也賞があってもいい。両方京都ゆかりである。