隔離され、非公開の場所で開かれた法廷を裁判所が自ら「違憲」と断罪した。遅きに失したとはいえ、異例の司法判断の意味は極めて重い。

 ハンセン病療養所に設置された「特別法廷」で元患者の男性が死刑判決を受けた菊池事件を巡り、熊本地裁は「特別法廷での審理は人格権を侵害し、患者であることを理由とした不合理な差別で、憲法に違反する」との判断を示した。

 菊池事件は1952年、療養所への入所を勧告された男性が熊本県内の元村職員を殺害した罪に問われ、特別法廷で審理され、死刑判決が確定した。凶器と被害者の傷が合わず、弁護活動も不十分だったとして3回の再審請求をしたものの、62年に執行された。

 原告の元患者らは、男性の遺族が差別を恐れて再審請求を拒んだため、最高検に男性の再審請求を要請。それも拒否され、検察が再審請求しないのは違法だとして、国に損害賠償を求めていた。

 熊本地裁は、賠償請求を棄却する一方、特別法廷での審理は偏見や差別に基づき、人格権を保障した憲法13条に違反すると判断。法の下の平等を定めた14条にも違反していたとした。さらに37条と82条が定める裁判公開の原則にも違反した疑いがあると指摘した。

 判決は、司法の場での人権侵害を明白にして尊厳を取り戻そうと提訴した、元患者らの切実な声に応えたと評価できる。

 最高裁は、48~72年に95件開かれたハンセン病患者の特別法廷に対し、2016年の調査報告書で設置手続きの違法性を認め、謝罪した。ところが外部有識者委員会が「憲法に違反する疑いがある」と言及したにもかかわらず、違憲とは認めず、菊池事件など個々の裁判にも踏み込まなかった。

 判決は、違憲性の判断を回避したまま、特別法廷問題の決着を図った最高裁の検証よりも踏み込んだ点で画期的だ。司法が差別の助長に加担した負の歴史に正面から向き合う再検証が必要だろう。

 政府はハンセン病強制隔離政策の過ちを認め、患者や家族らに謝罪した。最高裁や最高検、日弁連も違法な裁判に関与した責任を認めた。それでも、なお社会の差別意識は根深く、その解消や元患者らの名誉回復は道半ばである。

 検察や裁判所は違憲判決を重く受け止め、無実を訴えながら極刑に処せられた男性の名誉回復に向け、裁判をやり直すのが筋ではないか。真摯(しんし)に過ちを反省し、行動しなければ信頼回復は難しい。