これからの日本企業や会社員像について語る弘兼憲史さん(京都市中京区・京都国際マンガミュージアム)

これからの日本企業や会社員像について語る弘兼憲史さん(京都市中京区・京都国際マンガミュージアム)

島耕作のイラスト=(C)弘兼憲史/講談社

島耕作のイラスト=(C)弘兼憲史/講談社

 日本のサラリーマンの群像を描いた人気漫画「島耕作」。大手メーカーの課長だった島は、部長、取締役と出世し、2008年に社長に上り詰めた。73歳になった今も相談役で活躍する団塊世代のスターだ。バブル前後の日本企業の盛衰を見つめた作者の弘兼憲史さんに、これからの会社員像を聞いた。

 ―島耕作の連載開始から37年たちました。

 「最初はオフィスラブの読み切り漫画で始まったが、世界で働くスーパーサラリーマンの物語に軸を変えた。折しも日本はバブル景気で、作品も色っぽい話が多かった。部長昇進後は電機業界が冬の時代に入る。明るい話にしたかったので、島をワインやレコード業界に出向させた。取締役就任を機に島耕作を海外赴任させた。当時は企業が猫も杓子(しゃくし)も中国に進出する時代。インドやロシアなどに移っても、現地の政治・経済状況をつぶさに落とし込むようにした」

 ―会社員の働き方はバブル時代から大きく変わりました。

 「日本のメーカーが中国や韓国勢と激しくしのぎを削る中、残業抑制などの働き方改革が『正義』で、従来のようなモーレツ社員が『悪』という図式で本当に良いのかと疑問に思うところはある。島耕作は仕事人間で、がんがん働くことで日本を引っ張ってきた団塊の世代。今のやり方は間違っていないのかもしれないが、国力を考えれば他国との競争に勝てると思えない」

 ―電機業界はなぜ衰退したのでしょうか。

 「一つは技術への過信だ。今や携帯電話では韓国メーカーに完敗しているが、当初は日本製が断然、高性能だった。だが海外では安さが第一。価格を下げるために機能を多少落としても仕方ないという考えに日本は踏み出せなかった。変な話だが、モノが悪くても安ければ売れるという現実を突き付けられ、技術に対する自信と自負が打ち砕かれた」

 「日本は1億2千万人の市場があり、国民はそこそこ豊かで、内需だけで十分やれる企業が多かった。でも市場が縮んで海外に出た時は既に遅し。インドなどが典型だが、韓国企業に布石を打たれ、日本の大手電機は後発メーカーとなった。国外に目を向けなかった時代が長かったためだ。日本は『ウサギとカメ』のウサギだと思う。技術も高く、先頭を走っていたが慢心し、中韓勢に対するおごりもあった」

 ―終身雇用や年功序列に支えられてきたサラリーマン像も変わりつつあります。

 「転職が増え、生え抜きと中途採用の人材で待遇差はなくなってきた。ある意味で実力社会になっている。いつでも転職できるツールと、フリーランスの事務員として渡り歩く意識を持っていることが大事だ。若い人に最も必要なのは英語や中国語などの語学力だろう」

 ―日本にどんな企業経営者が出てくることを望みますか。

 「新たに企業を立ち上げる若い人に期待したい。今までの歴史に甘えるのではなく、一から起業する人がどんどん出てきてほしい」

 ―島耕作シリーズには、舞台として京都がよく登場します。

 「課長時代には京都に飛ばされ、そこで祇園の元芸妓と恋に落ちる。京都を選んだのは寺院や花街の風景が絵になるから。これが名古屋や広島だと普通の都市になる。私が松下電器に在籍した3年間は大阪・門真の本社にいたが、いつも会社に止まっていた松下幸之助さんのベンツが、祇園のお茶屋にあるのをよく見掛けた。財界人の出入りも多い京都は街としておもしろい」

 ―作中で「M&A(企業の合併・買収)の達人」として森永克郎社長という人物が出てきます。日本電産創業者の永守重信さんがモデルでしょうか。

 「その通り。個性の強い創業者や経営者は、少しのエピソードを入れるだけで十分な漫画の材料になる。だが日本の大手企業のサラリーマン社長は多くが5、6年程度で交代する。任期中に大きな手柄を立てるよりも大失敗しないようにと考えるので、どうしても守りの姿勢になる」

 ―70代になった島耕作で、今後何を描きたいですか。

 「巨大な地下トンネルに設けた次世代加速器で素粒子衝突実験を行う『国際リニアコライダー(ILC)』のプロジェクトだ。実際に東北で誘致活動が進んでいる。加速器があるスイスのセルンがそうだが、実現すれば世界トップレベルの研究者が約2千人常駐し、付随スタッフを含め1万人規模の頭脳都市が誕生する。ただ日本政府の姿勢があいまいで、中国に作ろうとする動きもある。そうなれば素粒子物理学でも中国に覇権を握られ、政治力学上のバランスも問題になるだろう」

 「島耕作はずっとエンターテインメントが50%、情報50%の割合で描いてきた。ただ最近は情報が70%くらいになっている。読者からは色恋の話が少ないと言われるが、もう73歳なので少々厳しい面もある。物足りない人には、そんな話がゲップが出るほどある『黄昏流星群』をお薦めしている」

 ひろかね・けんし 1947年、山口県生まれ。早稲田大法学部卒。1970年に松下電器産業(現パナソニック)入社。退職後、74年に漫画家デビュー。代表作は「島耕作」シリーズのほか「ハロー張りネズミ」「人間交差点」「黄昏(たそがれ)流星群」など。現在、講談社「モーニング」で「相談役 島耕作」を連載中。

<シリーズ「この人に聞く+」>