(神戸ユニバー記念競技場)

2002年4月の兵庫リレーカーニバルの女子1万メートルでは野口(ナンバーカード103)と競り合った。後に2人ともマラソンで五輪に出場する。
2002年の初め、陸上の魅力を聞かれ「試合や合宿でいろんなところに行けること」と語っている。この年、その思いを実現するように世界へと飛び立ち、次々と結果を出した。5月の国際グランプリシリーズ大阪では女子5000メートルの日本歴代2位の好タイムをマーク。7月のパリゴールデンリーグでは女子3000メートルの日本新記録を樹立。2005年に記録した女子5000メートルの日本記録とともに今も破られていない。

 

(2004年6月、鳥取県立布勢総合運動公園)

初の五輪出場は2004年のアテネ。選考会を兼ねた日本選手権女子1万メートルで優勝し、五輪切符をつかんだ。この当時のトレードマークは「福士スマイル」。レース後「よかった、よかった」とおどけて観客席に笑顔をふりまいていた。

 

(2006年1月、京都市左京区・京都会館)

2006年の第24回全国女子駅伝の開会式ではカメラマンのリクエストにこたえて京都チームで円陣を組んだ。

 

女子駅伝の青森チームの宿舎でメンバーと笑顔で食事(2004年1月、京都市内の旅館)

チームメートを笑わせる役を買って出るなど、ムードメーカーとしての一面も見せた。

 

(2006年12月、長良川競技場)

全日本実業団女子駅伝で悔し涙を流すチームメートを励ます。

 

(2007年6月、大阪市・長居陸上競技場)

2007年の日本選手権女子1万メートルで6連覇を達成。国内には敵なしとなった「トラックの女王」は、培ったスピードを武器に翌年マラソンに初挑戦する。

 

(2008年1月、長居陸上競技場)

2008年の北京五輪代表選考を兼ねた大阪国際女子マラソンは苦いデビューとなった。序盤から独走したが後半に失速して最後はふらつき、何度も転倒。当時の紙面には「競技場が見えてからは頭の中が真っ白になり、記憶がない」と語っている。ゴール目前、気迫で立ち上がり笑顔でゴール(19位)した。北京五輪には5000メートルと1万メートルに出場した。

 

(2012年1月、長居陸上競技場)

2012年ロンドン五輪の代表選考を兼ねた大阪国際女子マラソンでも先頭争いをしていたが、中盤で一気に後退し9位。マラソンでの五輪出場はかなわなかったが、舌を出して愛嬌たっぷりの表情でゴールした。