読者の皆さんは、遺跡の発掘調査現場をご覧になったことがあるでしょうか。考古学や古代史がお好きな方は、現地説明会に参加されたこともあるかと思います。また、ご近所で今、まさに発掘調査が行われているという方がおられるかもしれません。

新名神高速道路建設に伴って調査された美濃山遺跡(八幡市)=公益財団法人・京都府埋蔵文化財調査研究センター提供

 京都府内では、年間およそ300件の発掘調査が行われています。そのうち、遺跡の保存と活用を目的に行われる調査は10件程度であり、大部分の発掘調査は工事に先だって行われています。遺跡は国民共有の大切な財産です。そのため、遺跡が失われる場合には、工事を行われる方のご理解とご協力のもとに発掘調査を行っています。このような発掘調査を「記録保存のための発掘調査」と呼びます。この場合、埋まっている遺構や遺物を写真や図面などに記録する作業を行いながら全て掘り起こします。発掘調査そのものが遺跡を解体する行為となります。そのため、一度調査を行った遺跡は、元の姿に完全に戻すことは不可能となるため、発掘調査では遺跡の情報を余すことなく記録することが求められます。例えば、新名神高速道路建設に伴い発掘調査が実施されている八幡市美濃山遺跡は弥生時代と奈良時代の大規模な集落跡ですが、調査終了後は道路の建設工事が行われます。

石積み護岸の整備が進む史跡宇治川太閤堤跡(宇治市)=公益財団法人・京都府埋蔵文化財調査研究センター提供

 発掘調査では事前に出土する全てのものを予測することは不可能です。そのため、これまで保護されてきたさまざまな史跡と同じく、わが国の歴史を知る上で重要な遺跡が発見された場合、その遺跡は現地での保存をお願いすることがあります。この際、関係諸機関のご理解とご協力がなければ遺跡を保存することはできません。保存された遺跡は、将来に引き継いでいくことができます。例えば、伏見城築城に際し豊臣秀吉が河川改修工事の一角として築堤した宇治市宇治川太閤(たいこう)堤跡は、宇治市による粘り強い説明と事業者のご理解により開発が中断され、国指定史跡となりました。その後、宇治市により土地が取得され、整備事業が実施されています。将来には宇治市の文化拠点として機能することが期待されます。同様な事例として、京都府大山崎町の大山崎瓦窯跡も開発事業で見つかり、国指定史跡となり、現在整備事業が実施されています。一方、公共性・緊急性が高く、やむを得ず工事が実施される場合もあります。その際は、建物などの設計や工法を変更し、遺跡を地中に埋め戻して保存することもあります。例えば、府警本部西陣待機宿舎建設に伴い見つかった京都市上京区聚楽第(じゅらくだい)跡の本丸南面石垣は、建物の設計変更を行った上で地中に埋め戻し保存され将来の活用に備えられています。

埋め戻し保存されている聚楽第本丸南石垣(京都市上京区)

 発掘調査の成果は報告書という形で公開されます。報告書は図書館や各市町教育委員会で閲覧できるほか、印刷物には劣るものの近年はインターネットでも公開されています。京都府埋蔵文化財調査研究センターや京都市埋蔵文化財研究所では報告書をホームページ上で閲覧することが可能です。また、奈良文化財研究所では「全国遺跡報告総覧」として全国の報告書を多数公開しています。

恭仁宮跡現地説明会(木津川市)=公益財団法人・京都府埋蔵文化財調査研究センター提供

 また、発掘調査で明らかになったことをわかりやすく皆さまにお伝えすることも重要です。発掘調査の現地説明会もその一環として開催されます。説明会に加え、府では丹後・山城郷土資料館で展示や文化財講座を実施しています。また、府埋蔵文化財調査研究センターを始めとする調査機関や各自治体でも展示や講演会などさまざまな取り組みを行っています。

 本来、埋蔵文化財は地中に埋もれた状態で、いつまでも保存されることが望ましいと考えています。しかし、やむを得ず開発等により姿を消す遺跡も多々あるのが現実です。発掘調査の現地説明会はその遺跡を見ることのできる最後の機会かもしれません。現地説明会をはじめ、府内各地で行われている埋蔵文化財に関する催しに参加していただくとともに、これまでこの連載で紹介してきた史跡等も巡っていただき、遺跡が物語る歴史に思いをはせていただければと思います。(文化財保護課記念物担当 石崎善久)