いかにも京都の―というような場所が、また一つ消えようとしている。京都市中京区の三月書房が年内で廃業するという。哲学書や詩集からマンガまで、店主が主体的に選んだ本がそろうと読書家の支持を集めてきた▼雑誌の京都特集や本屋特集でもよく取り上げられた。客層を考えた本が並ぶ棚は、探し物を見つけた読者をまたその隣の本へと誘う。見始めるといつも途中でやめられなくなった▼「先行き暗い業界。息子にやらへんかとは言えません」と店主の宍戸立夫さん(70)。その上で「廃線するとなったら乗客が殺到する『さよなら列車』のようにはなりたくない」と閉店日を明確に語らない▼生物にも都市にも新陳代謝は必要だ。だが失いたくないものもある。それを比較文明学者の故梅棹忠夫さんは「愛着系」と名付けた。「経済的合理主義には反するが、人間存立のアイデンティティをささえる」と。愛着系の集積地こそが京都だ、とも▼有名社寺や名所だけで京都が成り立っているわけではない。市民の暮らしやなりわいなどが混然一体となり、生きた都市をつくっている▼同書房から近い夷川通には、数年前まで重厚な構えの道具屋があった。現在はがらんとした駐車場になっている。インバウンドの陰で愛着系が姿を消していくのは寂しい。