口径115センチ以上の大型の鍋釜が造られていたとみられる鋳込み土坑跡。外側鋳型の最下部である輪状の土塊が確認された(草津市南笠町・黒土遺跡)

口径115センチ以上の大型の鍋釜が造られていたとみられる鋳込み土坑跡。外側鋳型の最下部である輪状の土塊が確認された(草津市南笠町・黒土遺跡)

【地図】黒土遺跡と周辺の関連遺跡

【地図】黒土遺跡と周辺の関連遺跡

 滋賀県草津市教育委員会は11日、同市南笠町の黒土(くろつち)遺跡で国内最古級(7世紀末~8世紀初頭)の鉄製品鋳造施設跡が見つかったと発表した。土坑跡から、これまでの発見例では最大となる口径1メートル以上の大型鍋釜が製造されていたことも分かった。近隣には、同時代の鋳造工房跡が出た榊差(さかきざし)遺跡(同市野路町)や製鉄施設の遺構も多く、「周辺が国家主導で整備された鉄製品の一大生産拠点だった可能性がある」(市教委)という。
 発見された鋳造施設跡は長辺約33メートル、短辺約8メートル。鋳型を設置した「鋳込み土坑跡」3基の他、鋳型や溶解炉壁の破片、鉄の溶解に使った木炭片も見つかった。同時に出土した須恵器片などから7世紀末~8世紀初めと特定した。同様の遺構は他に黒土遺跡の北東約400メートルの榊差遺跡、奈良県明日香村の川原寺跡しかなく、国内3例目。
 土坑跡の一つには直径約1・4メートル輪状の土塊(高さ約25センチ)が残存し、外側鋳型の基礎部分とみられる。造られたのは口径115センチ以上の大型品と推測され、川原寺跡(推測口径80~90センチ)を上回るという。ただ当時の鉄製釜は国内に現存せず、高さや形状は不明。
 3基の土坑跡は数メートルの距離で並んでおり、他の2基ではそれぞれ口径約90センチ、約60センチの鍋釜が作られたとみられる。溶解炉の遺構は発見されていない。
 近隣では同時代の製鉄施設の遺構として、黒土遺跡の南東約2・5キロに木瓜原(ぼけわら)遺跡(同市野路東1丁目)、南約3キロに源内峠遺跡(大津市瀬田南大萱町)がある。市教委歴史文化財課は「鉄鋳造は当時の最先端技術。一帯は製鉄から鋳造まで行う鉄製品の大規模な生産拠点だったのでは」とする。
 現地説明会は行わず、同市役所で4月以降に調査報告会を開く予定。