今夏の東京五輪・パラリンピックが1年程度延期されることになった。安倍晋三首相の提案に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が同意した。

 新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大を続けている中では、やむを得ない判断だ。

 東京五輪には選手・コーチら約1万1千人が参加、来場者は延べ1千万人と見込まれ、会場や選手村がクラスター(感染者の集団)になる恐れも指摘されていた。

 近代五輪が戦争で中止になった例はあるが、延期は初めてだ。

 開催を巡っては、複数の国・地域の国内オリンピック委員会や有力アスリートから延期を求める声が出ていた。選手がベストコンディションで競技に臨めず、観客も感染リスクへの懸念を抱いたままでは、世界最大のスポーツ祭典の意義を損ないかねなかった。

 延期によって新たに得られる時間を有効に使わねばならない。

 新型コロナの終息は前提だ。その上で未知のウイルスへの対応策を含め、さまざまな準備態勢を再点検する機会にしてほしい。

 五輪そのものが抱える課題を問い直し、東京で開催する意味を改めて議論していくことも必要だ。

 前例のない変更作業

 延期により、開催決定から7年近くかけて進めてきた準備や計画は、大幅な変更を迫られる。

 まずは、来年の会場確保だ。

 すでに多くのスポーツイベントが予定されている。プロ野球やサッカーJリーグが使う球場やスタジアムを改めて押さえるには、調整のやり直しが不可欠となる。

 チケット払い戻しやボランティアの再確保などへの対応も要る。

 財政面への影響も大きい。

 東京都が整備した6カ所の新設競技会場のうち5カ所は大会後の年間収支が赤字となる見通しに加え、利用料収入が見込めないまま多額の維持管理費が発生する。

 大会組織委員会スタッフなどの人件費増大も不可避だ。

 大会後に改修され約5600戸のマンションとして民間に販売される選手村は、引き渡しが遅れれば補償問題になりかねない。

 1年延期に伴う追加費用は数千億円規模になるといわれる。

 このほか、延期後の開催時期を確定するには、巨額の放送権料を支払う米テレビとの交渉も必要になる。

 前例のない難しい作業だ。組織委や東京都、政府は総力を挙げて取り組んでほしい。

 忘れてならないのは、選手の立場だ。五輪出場が決まっている選手たちは複雑な思いを抱いていよう。延期によりコンディションが変わったり、選手としてのピークを過ぎたりする可能性もある。

 競技によっては代表選考のやり直し論も出てこよう。

 「アスリート・ファースト」の精神で、選手に対して納得いく説明や選考をすることが各競技団体には求められる。

 日本で56年ぶりとなる東京五輪だが、冷めた目で見る国民も少なくない。東日本大震災からの「復興五輪」と位置づけながら、被災地より東京の開発ばかりが進んでいるとの批判は根強い。

 「復興」後退させるな

 安倍首相が13年の招致演説で国際公約した東京電力福島第1原発の汚染水問題は、解決のめどが立っていないのが実情だ。

 その安倍首相はバッハ会長やトランプ米大統領との電話会談で、延期の目的について「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして完全な形で実施する」と強調している。

 新型コロナの克服が強調されることで、「復興」の観点がさらに後退しないか気になる。

 被災地への思いは、五輪招致の原点でもあったはずだ。復興を軽視することがあってはなるまい。

 東京五輪については、これまでも費用の大幅超過や、開催後の負債などの懸念が指摘されてきた。

 昨年末に公表された大会経費は1兆3500億円。これに都の関連費用を合わせると総額が3兆円に達するのは確実とみられる。開催が決まる前にIOCに提出した立候補ファイルでは総予算は7340億円だった。

 メイン会場の新国立競技場の建設費用は予算内に収まったが、大会後にどう使うかは未定で、年間24億円の維持費が必要という。

 肥大化考える議論を

 次世代に負のレガシー(遺産)を残してはならない。経費膨張の要因を検証し、今後生じる費用をできる限り抑制する必要がある。

 東京大会に限らず、巨額の財政負担を伴う五輪は岐路に立っている。招致活動から撤退する都市が相次ぎ、24年と28年の夏季大会はパリとロサンゼルスにそれぞれ振り分ける異例の決定がなされた。

 開催都市の負担軽減に向け、IOCは14年にまとめた中期改革指針で、既存施設の活用を奨励し、一部競技の国外実施を認めた。

 ただ、肥大化した大会そのものを見直す議論には至っていない。

 開催後も持続可能な都市であり続けるため、五輪の運営の在り方を考え直さざるを得ない時期にきているのではないか。

 史上初の五輪延期を、そうした機運につなげなければならない。