2013年夏の深夜、夫は家を出て、どこかに向かった。何日たっても戻ってこなかった。夫は認知症が疑われる状態だった。妻は夫が好きだった場所を回って探した。どこにも夫の姿はなかった。翌年春、隣の市の竹やぶで白骨化した遺体が見つかった。夫だった。

 遺体があったのは、夫がよく歩いた場所とは離れていた。「なぜ?」

 2人が暮らした京都府長岡京市は西山に近く、散歩が好きだった夫婦はよく山を歩いた。美しい花が咲く場所に着くと、夫は「いいところだろう」とうれしそうに妻に自慢した。夫は健脚で、60歳で教員を退職してからは毎日のように山を楽しんでいた。

 夫は竹やぶまで、どこをどう歩いたのか。妻は夫が歩いた道を何日も探した。夫を感じる場所を見つけたかった。そんな場所はなかった。それでも歩くのをやめられなかった。

 あの夜、夫はあてもなく徘徊(はいかい)していたのか。



 

 認知症か、その疑いが原因で行方不明になり、警察に届け出があったのは2018年で約1万7千人。統計を開始した12年から毎年増えている。

 長岡京市の森重夫さん(享年62)も、統計に含まれる1人。行方不明になる2年前、長年勤めた中学校の理科教諭を退職。1年数カ月後、老後を見越してエレベーターが付いたマンションに引っ越した。

 妻の糸子さん(71)は重夫さんの様子が気になっていた。かばんをなくしたり、同窓会の日程を間違ったり。きちょうめんな性格だったから意外だった。「病院行って診てもらって」と言っても返事はなかった。もう一度言うと、「ええんや」と驚くほど大きな声で怒鳴った。

 行方不明になる8月15日までに、重夫さんに心配な行動が増えていった。13日には八幡市で路上に立ち尽くしているところを警察に保護された。重夫さんは混乱していた。糸子さんも変化に戸惑った。気持ちが崩れ落ちそうだったが、「病院に連れていこう」と決めた。
 未明、重夫さんは自宅を出ていった。夜に出ていくとは思いもよらなかった。「徘徊だ」。そう思った糸子さんは警察に連絡した。

 ビラを作り、新聞に尋ね人も掲載した。唯一の手掛かりは、重夫さんが毎日行っていた近くのスーパーマーケットの駐輪場にあった自転車。糸子さんは散歩が趣味だった重夫さんが訪れていた場所に何度も足を運んだ。

重夫さんが見つかった竹やぶに立つ糸子さん

 2014年3月28日、重夫さんは遺体で見つかった。死因は「不詳の病死」。行方不明になってから数日から十数日の間に亡くなったと推定された。「ごめんなさい」。後悔が糸子さんを突き動かした。

重夫さんの死亡届のコピー(個人情報の一部を黒塗りしています)

 糸子さんは重夫さんが最後に歩いた道を探した。遺体のそばになかっためがねや帽子を探した。竹やぶに至るいくつもの道を歩いた。交差点で立ち止まり、あの夜、どちらを選んだのかを考えた。春、夏、秋、冬。糸子さんは重夫さんを探し続けた。自らも“徘徊”するかのように。

 

 1年がたち、重夫さんが好きだった石垣島の海に散骨した。「夫が望んでいたことをできた」と思うとともに、「もういないんだ」と感じた。

 よく散歩に訪れた場所の木の根元にも骨をまいた。神社のイチョウの大木。その近くの桜。重夫さんが見つけたお気に入りの場所。「歩きに行くけど行くか?」と糸子さんを誘って連れていってくれた。西山の梅園は見晴らしがよく、2人でベンチに腰掛けて日なたぼっこした。

 糸子さんは、今も重夫さんとの思い出の場所を歩く。ほんの少しの遺骨を小さな木の筒に入れて持ち歩いている。

 2人で歩いた記憶が胸を温める。捜索していた頃を思い出し、つらくなるときもある。しかし、「傷ついたことを思い出さないとかけがえがないことも思い出さない。どちらも忘れたくない」。

 糸子さんは、認知症カフェや認知症の人も孤立させない地域づくりを目指す市民団体に加わった。捜索の際に支えてくれた医師の野々下靖子さん(85)らが取り組んでいる。

 「徘徊」にも、周囲から見れば分からなくとも、それぞれに理由がある。野々下さんは「地域が見守ることができれば、『徘徊』は散歩になる」。

 糸子さんは、時間が分からなくなっていた重夫さんが深夜にスーパーに行き、閉まっていて混乱し、糸子さんが待つ家に帰ろうとしたが、方向が分からなくなったのではないか、と考えるようになった。

 何が重夫さんを竹やぶに導いたのかは分からない。ただ、竹やぶは30年以上前、2人が新婚時代を過ごした小さなアパートの近くだった。

 
根元に遺骨をまいた桜に触れる糸子さん。糸子さんは今でも思い出の場所を訪ねている

冒頭の写真のキャプション:重夫さんが好きだった場所の一つ。この風景から重夫さんがいなくなってしまったことを表現するため、糸子さんに重夫さんの代役になってもらった。30秒間シャッターを開き、途中で糸子さんがフレーム内から立ち去ることで像を透けさせた。夫を探し続けた妻の残像が風景に残った(2019年10月27日、長岡京市)