国際アルツハイマー病協会国際会議で発表を終え、海外の参加者と手を差し伸べ合う藤田和子さん(左)=2017年4月28日、京都市左京区・国立京都国際会館

国際アルツハイマー病協会国際会議で発表を終え、海外の参加者と手を差し伸べ合う藤田和子さん(左)=2017年4月28日、京都市左京区・国立京都国際会館

 藤田和子さん(58)=鳥取市=は、30年来の友人の澤野しのぶさん(61)をスーパーで見掛けた。声を掛けようと近寄ると、澤野さんは避けるように遠のいていった。藤田さんは、ため息をついた。
 藤田さんは認知症の診断後、周囲や知人に自らが認知症であることを伝えた。地域でそのことが広まり、会話が避けられるようになった、と感じた。
 藤田さんと澤野さんは子どものPTA活動で知り合い、親の介護についても相談し合う仲だった。藤田さんが認知症であることを知った澤野さんは戸惑った。重度の認知症だった母を介護した時の印象が強く、どう付き合っていいかが分からなかった。近づく藤田さんに気付いた時、とっさに避けてしまった。
 距離を測りかねていた澤野さんだったが、亡者を確認する必要があって藤田さんに電話した。「私に問い合わせてくれてうれしい。認知症だからって、私には聞こうともしない人が多いから」という藤田さんの言葉にはっとした。友人として変わらないのに、藤田さんに「認知症の人」とレッテルを貼り、関わりを避けていた自分に気付いた。
 次は藤田さんが澤野さんに連絡した。「一緒にやろう」。地域住民と一緒に認知症について考えるサロンを2017年に始めた。2人は運営について遠慮なく意見を出し合う。支え、支えられる関係ではなく、対等な「パートナー」として歩み始めた。

 藤田さんは、活動を通じて知り合った全国の認知症の人たちが14年に結成した「日本認知症本人ワーキンググループ」(東京都)に参加した。現在は代表理事を務め、「パートナー」と呼ぶ認知症でない仲間と各地で講演などの取り組みを進めている。
 「思いや希望を伝えながら、味方になってくれる人たちと一緒に歩む」
 ワーキンググループが18年に発表した「認知症とともに生きる希望宣言」5項目の一節。パートナーになってくれる人たちがいろんな場所で増えれば行動が広がり、家族の負担も軽くなる。
 「私たちが出会い、生きる力をわき立たせ、元気に暮らしていく」。認知症の人同士で仲間になる大切さも訴える。
 藤田さんは12年前に認知症の診断を受けてから、症状は少しずつ進行している。一緒に出掛けたパートナーから写真を送ってもらっても、どんな場面か分からない。落ち込んでしまうが、そのたびに、仲間が前向きさを取り戻していく姿に励まされてきた。
 仲間やパートナーをつくるには、勇気を出して踏み出す一歩が欠かせない。「認知症と診断された人が、認知症を『恥ずかしいこと』『何もできなくなる』と偏見の目で見れば、閉じこもり、自分を苦しめるだけで何の可能性も見いだせない。なったことを受け入れて、生きていきましょうよ。自分から殻を破らなきゃ」
 宣言を発表した時は20人だった本人ワーキンググループのメンバーは50人に増え、所属するパートナーも50人に増えた。海を越えた交流も始まった。
 宣言の「認知症とともに生きる」の「ともに」という言葉には、本人が認知症とともに歩むことを受け入れる、まだなっていない人とともにどのような社会であってほしいかを考える、という二つの意味が込められている。藤田さんは仲間やパートナーを信じて断言する。「認知症になっても大丈夫な社会づくりは絶対にできる。自信を持って言える」

<認知症とともに生きる希望宣言>

1 自分自身がとらわれている常識の殻を破り、前を向いて生きていきます。
2 自分の力を活(い)かして、大切にしたい暮らしを続け、社会の一員として、楽しみながらチャレンジしていきます。
3 私たち本人同士が、出会い、つながり、生きる力をわき立たせ、元気に暮らしていきます。
4 自分の思いや希望を伝えながら、味方になってくれる人たちを、身近なまちで見つけ、一緒に歩んでいきます。
5 認知症とともに生きている体験や工夫を活かし、暮らしやすいわがまちを一緒につくっていきます。