江戸川の堤で摘んだヨモギをかごに入れ、さくらが店に帰ってくる。「もうこっち岸には生えていないから、渡し船で千葉県まで行ってきたのよ」。映画「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」はそんなシーンから始まる▼かごの中身はもちろん、「とらや」の草だんごの材料になる。この時季、道端や空き地でヨモギが若葉を伸ばす。先日、散歩中に1株をちぎって鼻に運ぶとさわやかな香りが広がった▼だんごや餅に入れるのは色や香り付けのためだけではない。ヨモギの葉の裏は白い毛で覆われているが、この毛が絡み合って餅などに粘りが出るという。植物学者・稲垣栄洋さんの「身近な雑草の愉快な生きかた」に教わった▼原産は中央アジアの乾燥地帯。細かな毛には、水分が葉から失われるのを防ぐ役割がある。強い香りを身につけたのも、荒野で虫などから身を守るためという▼古来、さまざまな効能がある薬草としても用いられてきた。その香りが邪気やけがれを払うとされ、3月3日に草餅を食べたり、端午の節句に門に飾ったりする風習がある▼新型コロナウイルスへの不安から、ぎすぎすした空気が漂う昨今である。こんな時こそ季節の風物を楽しむ心の余裕を大切にしたい。ヨモギの香りには心身をリラックスさせる効果もあるのだから。