「アラームは鳴っていた」。2004年5月10日、愛知川署(滋賀県愛知川町、現愛荘町)の一室。任意の事情聴取を受けていた西山美香さん(40)は、うそをついた。強圧的な調べに恐怖し、苦し紛れにこぼれた「自白」。このひと言が人生を大きく狂わせる冤罪(えんざい)の始まりだった。
この1年前、湖東記念病院(東近江市)で、西山さんの夜勤中、肺疾患で入院していた男性患者=当時(72)=が意識不明のまま亡くなった。第1発見者の女性看護師は「人工呼吸器のチューブが外れていた」と証言した。
滋賀県警は、病院側の過失とみて、チューブが外れた時に鳴るアラーム音に注目した。しかし、当日の夜勤者には聞いた人が見つからない。西山さんも当初は「聞いていない」と話していた。
捜査は難航し、取り調べは激烈だった。「鳴っていたはずだ!」。向かい合った男性刑事が机を蹴った。机の脚が西山さんのすねに当たり、痛みが走った。「責任を感じないのか」。亡くなった男性の写真を机に並べられた。「暴力的な取り調べから逃れるため」。後に西山さんは虚偽供述の理由を語っている。
突然現れた「自白」は、県警にとって病院側の過失を示す重要な証拠だった。
男性刑事は急に優しくなり、身の上話を聞いてくれるようになった。西山さんは幼い頃から友達をつくるのが苦手で、いじめに遭っていた。兄2人への劣等感もあった。男性刑事は「あなたも賢いよ」と言ってくれた。初めて自分の理解者に出会ったと思い、好意を抱いていく。
「自白」後の5~6月、任意聴取は25回あり、うち7回は男性刑事に会いたくて自ら警察へ出向いた。3月31日の再審判決は、当時の西山さんの心情を「次第に好意を寄せた」「気を引こうと考えた」などと指摘し、04年6月下旬には男性刑事が西山さんの好意に気づき、それを利用したと認めた。