捜査機関が多数の証拠を手元に秘めていた「大崎事件」の第4次再審請求に向かう鴨志田弁護士(中央)。右は西山さん=2020年3月30日、鹿児島市・鹿児島地裁前

捜査機関が多数の証拠を手元に秘めていた「大崎事件」の第4次再審請求に向かう鴨志田弁護士(中央)。右は西山さん=2020年3月30日、鹿児島市・鹿児島地裁前

■捜査機関の「証拠隠し」 半世紀以上続く問題

 鹿児島県大崎町で1979年に発生した殺人・死体遺棄事件「大崎事件」(第4次再審請求中)は、捜査機関の隠蔽(いんぺい)体質を象徴する事件だ。証拠開示を巡るやり取りが、20年以上前から続いた。

 「これで証拠は全部です」。95年開始の第1次再審請求で、鹿児島地検は弁護団に明言した。2010年、第2次再審請求でも地検は「警察にも問い合わせたけれど、もうありません」と弁護団に公式回答した。しかし、13年に福岡高裁宮崎支部が「証拠の存否を調査して開示せよ」と勧告すると、地検は200点以上の未開示証拠を出してきた。第3次請求でも新たな証拠が見つかった。

 同事件の弁護団事務局長である鴨志田祐美弁護士は「検察が無罪方向の証拠を進んで出すことはまずない。どの再審でも隠れていた証拠が後から出てくる」と批判する。

 「戦後最大の冤罪(えんざい)事件」と呼ばれる松川事件(49年)では、5人が死刑判決を受けたが、検察官が5人のアリバイを示す証拠を隠していたことが判明し、全員無罪となった。布川事件(67年)や東電OL殺人事件(97年)などでも、いずれも無罪を示唆する証拠が捜査機関の手元に秘められていた。警察と検察による「証拠隠し」は半世紀以上続いている。

 なぜ、重要な証拠が隠されるのか。実は、刑事裁判では全ての証拠を吟味するわけではない。日本では4年前まで、証拠は警察と検察が独占し、弁護側は逮捕から裁判が終わるまで、どんな証拠があるか全てを把握できなかった。