てらだ・まさひろ 1977年生まれ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)、NASAなどで宇宙飛行士の健康管理技術を研究。2018年から京都大で宇宙を目指す学生の米国派遣事業などを担当。

 新型コロナウイルスで記憶に新しいのは、2002年に報告されたSARS(重症急性呼吸器症候群)である。2003年7月の終息宣言まで8千人以上の症例が報告された。今回の新型コロナは、まだまだ終息の兆しすらない。

 大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の集団感染では、高齢者が多数乗船していたこともあるが、船内という閉鎖環境が感染拡大に大きく影響したと思われる。

 宇宙医学(宇宙飛行士の健康管理のための医学)を専門とする私は、クルーズ船と国際宇宙ステーション(ISS)の状況を比べてしまう。

 ISSは地上から約400キロ上空にあり、約90分で地球を一周する。現在、船内に6人の宇宙飛行士が滞在し、約半年ごとに3人ずつ入れ替わる。ステーションはサッカー場ほどの広さ。宇宙の閉鎖環境である。

 宇宙飛行士の感染症対策と聞くと高度な医療技術を想像するかもしれないが、現状では隔離のみである。宇宙飛行士は打ち上げの10日前から外部との接触を断ち、隔離室で生活する。このため、米航空宇宙局(NASA)はHSP(健康を維持・安定させるプログラム)として隔離方法などを規定している。

 つまり、宇宙に出発する段階での感染症対策は「地球から、宇宙に有害な細菌やウイルスなどを持ち込まない」ことが基本である。宇宙飛行士に緊急事態が生じた際は、ステーションが備えるソユーズ宇宙船で地上まで数時間以内に帰還できる。つまり、生命の危機などが生じた場合は、地上で対処することになる。

 この仕組みは、以下の前提で成り立つ。すなわち宇宙ミッションは少人数の健康な宇宙飛行士で実施し、厳格な管理ができるということだ。

 ステーション内で突発的な感染症が生じれば、瞬く間に6人の宇宙飛行士に拡散してしまうだろう。宇宙では、ヒトの免疫系が衰えるという研究結果もある。地上とは異なる病状も懸念される。宇宙環境で私たちの常在菌が変化する可能性もある。

 現在、高額な料金だが民間の宇宙旅行も計画されており、ますます宇宙での感染症リスクは高くなる。

 近い将来の火星計画などに向け、他惑星に地球から微生物等を持ち込んで汚染しないよう惑星保護の方針が議論中だ。逆に、宇宙から地上に有害物質を持ち込まないという帰還者に対する宇宙検疫などの感染症対策も、新たな観点から議論の必要が生じるだろう。

 新型コロナウイルス問題では、未知のものを正しく理解し、正しく恐れながら対策を立てる重要性を学んだ気がする。(京都大学宇宙総合学研究ユニット特定准教授)