速報展で展示されている塑像仏の一部。渦巻き状の形(上)や線刻(下)が施された破片=京都市上京区・市考古資料館

速報展で展示されている塑像仏の一部。渦巻き状の形(上)や線刻(下)が施された破片=京都市上京区・市考古資料館

今回の調査地

今回の調査地

 奈良時代に粘土などで盛んに造られた「塑像仏」の破片約50個が、京都市左京区の山林で見つかったと、元市考古資料館長で京都女子大非常勤講師の梶川敏夫さんらが5日、発表した。平安時代前期以前にあった幻の「檜尾古寺(ひのおふるでら)」建物跡を同大学の学生と調査し、確認した。市内における塑像仏関連の発見は4例目となる。

 調査したのは、大文字山(如意ケ嶽)の南に位置する尾根斜面。2017年5月から18年10月にかけ、梶川さんと同大学考古学研究会が、遺跡の測量や建物礎石の確認、地表遺物の採集を行った。これまでに檜尾古寺に関する建物2棟の遺構を確認していた。

 塑像仏の破片は、2棟のうち北側建物跡でまとまって見つかった。最大のものが幅約5センチで、渦巻きのような形だったり、仏像の衣文を思わせる線刻があったりする。京都造形芸術大の岡田文男教授(保存科学)が分析したところ、漆の表面に金箔を貼った「漆箔(しっぱく)」が施され、火災を受けて金箔が溶けて丸い粒子になって残っていることが分かったという。

 塑像仏は、奈良に都があった白鳳期から天平期に多く造られた。ただ、平安時代になるとあまり造られなくなったとされ、市内の出土例は、北野廃寺出土の仏頭などに限られている。

 調査全体では、ほかに平安前期に当たる9世紀の瓦や土器ばかりが見つかり、当時の支配層が持った緑釉陶器もあった。見つかった遺物と、調査地南側で寺院を開いた僧・恵運(えうん)が9世紀後半に記した「安祥寺資財帳」の記述を参照し、檜尾古寺跡と判断した。

 梶川さんは「密教が全国に流布する初期段階において、平安京近くにあった密教系寺院の実態が一部でも分かった意義は大きい。ただ、寺の建立者のほか、塑像仏が造られた時期や場所など不明な点も多く、継続調査が待たれる」と話している。

 遺物を紹介する速報展を2月17日まで上京区の市考古資料館で開いている。1月12日午後2時から学生による展示解説も行う。入場無料。月曜(祝日は翌日)休館。