「24時間戦えますか」というドリンク栄養剤のCMが注目されたのは平成に入って間もなくのことだ。

 世界を飛び回り、不眠不休で仕事に打ち込む。バブル経済を背景にした当時のエネルギッシュな日本人の働き方を象徴していた。

 同じ頃の運送会社のCM「日本のわがまま運びます」も印象に残る。顧客が求めれば犠牲を払ってでも対応する企業の姿勢。当然視する人も多かったに違いない。

 こうした一昔前の働き方は、今ではとても通用しそうにない。

 昨年、働き方改革関連法が成立した。会社など多くの職場でも、超過勤務の縮減といった労働環境改善の動きが見られた。

■「昭和型」労働が崩壊

 長く続いた慣行を変えるのは難しいが、雇用者は労働者が安心して働ける場をつくる責任がある。

 企業は、もはや24時間戦い続けることができず、顧客の「わがまま」も受け止めきれない。

 消費者の過剰な要求は労働現場をゆがめ、やがてサービスの劣化という形で跳ね返ってくる。私たちも、商品やサービスの裏側にある労働の現実について、認識を改める必要がありそうだ。

 過酷な勤務ぶりが象徴的に表れているのは物流業界だ。人手不足に加え、インターネット通販の拡大で業務が急増した。これに対応するため、配達時間指定のサービス見直しや荷物を受け取る拠点の設置などで再配達の手間を減らす取り組みを進めている。

 物流以外でも、窓口業務の休止時間を導入する金融機関や、元日営業をやめたスーパーや外食、長期の連続休業で従業員の休みを確保する老舗ホテルがある。

 会社や消費者の利益を優先し、自己犠牲もいとわない仕事観を、戦後の日本人は受け入れてきた。そうした「昭和型」の働き方が平成の終焉(しゅうえん)とともに崩壊する。

 だが、新たな働き方のモデルはいまだ手探りの段階にある。

■職場での格差と分断

 問題は勤務時間だけではない。働く現場では、多くの構造的な問題が浮き彫りになっている。

 非正規雇用労働者は2017年に2036万人に達し、雇用者全体の37・3%を占める。1989(平成元)年の817万人、19・1%に比べ、大幅に増えた。

 人件費節減のため正規雇用者を非正規に置き換える。一定の年限で雇い止めにする。こんなやり方が珍しくなくなってきた。

 先行きに見通しが立たず、生活基盤の確立や将来の人生設計に不安を持つ人は少なくなかろう。労働者が取り換え可能なモノのように扱われてはいないだろうか。

 所得が十分でないことから、子どもへの教育格差が生じ、子もまた非正規から抜け出せないスパイラルに陥るとの指摘もある。

 正規雇用者との大きすぎる待遇の差を放置し続ければ、職場の格差と分断はますます顕著になる。社会全体に与える影響について、検証と議論が必要ではないか。

 都市と地方の賃金格差も無視できない。

 地方の若者が賃金の高い都市部へ流出した後の人手不足を、低賃金で働く外国人技能実習生の一部が補っている実態がある。

 4月から単純労働分野にも外国人の参入が予定されるが、都道府県ごとの最低賃金には最大224円もの開きがある。日本人、外国人を問わず、職を求める人が都市を目指す流れは避けられない。

 働き方の土台に横たわる問題に手が付けられないまま、安倍晋三政権肝いりの「働き方改革」が進んでいる。働く人たちは希望を見いだすことができるのだろうか。

 4月から大企業に「原則月45時間、年360時間」を上限とする残業規制が設けられる。超過勤務抑制へ一定の歯止めにはなろう。

 だが、特別な事情がある場合に規制を超えて働いてもらうことや、自動車運転業などへの適用を5年間猶予することも認めている。労働者は本当に守られるのか。

■負担付け替えでなく

 「昭和型」の仕事観が消えつつあるといっても、働き方を抜本的に見直すのは簡単ではない。

 NPO法人ファザーリング・ジャパンが17年に企業の中間管理職約千人に行った調査では、約半数が3年前に比べて部署全体や自身の業務量が増えたと感じ、業務量削減に会社の支援が必要とした。

 残業を減らした分のしわ寄せが他の人へ負担を付け替えているだけなら改革とはいえまい。

 産業構造の変化で、製造業などのように労働時間と賃金の関係が明確な業種ばかりではなくなってきた。時間でなく成果をもとに賃金を決める裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の導入論は、そんな現状を背景にしている。

 雇う側、働く側双方の自由度が高まる仕組みに見えるが、長時間・過密労働を招く危険性があることも認識しておかねばならない。

 時代の変わり目にあって、「働く」ことの意味が改めて問われている。企業活動の中で業務全体をどう見直し、生産性を高めていくか。働く人の立場は言うまでもなく、顧客や社会との関わりもふまえた深い論議が必要だ。