ばべ・たかひろ 1976年生まれ。専門は戦国期権力論、城郭史、偽文書研究。枚方市市史資料調査専門員、長岡京市文化財技師などを経て現職。著書に「由緒・偽文書と地域社会」ほか。

 正しいものとして世間に通用していること、あるいはそう信じていること、もしくはそう主張したいことが、虚偽であると他人に指摘された場合、みなさんはどのように反応するだろうか。もちろん内容次第だが、虚偽である理由を説明されて、素直に納得する人もいるだろう。

 その指摘が不都合であれば無視するかもしれないし、虚偽であるはずがないと徹底して抗論するかもしれない。○○先生がそう言っていたから正しいはずだという権威主義的な人もいるだろう。いずれにしても、このような時にこそ、人の本質的な性格や思考回路は表に出やすい。その点は、公文書改竄(かいざん)が露見した場合の反応から、組織の体質がみえてくるのと似ているかもしれない。

 私は研究するなかで、上述のような現場に立ち会うことが多かった。なぜなら、椿井文書(つばいもんじょ)という偽作された古文書を研究対象としてきたからである。この偽文書は、木津川市山城町椿井出身の椿井政隆という江戸時代後期の人物が、依頼者の求めに応じて創作したものである。

 近畿地方一円に数百点も伝わり、巧みに創られているため正しい古文書として活用する研究者も多かった。地域の歴史を語るうえで欠かせない存在になっている事例も多々ある。それを偽文書だと指摘したため上述のような現場に度々遭遇した。

 もちろん、人の反応を観察するためにこのような研究を始めたわけではなく、単純に誤った歴史を正したかっただけである。ところが、私の説明に納得しない方々が意外と多かったことから、結果的に偽文書に基づく歴史観を払拭(ふっしょく)できない現代人の心の内面にも迫ることができた。

 分析対象としての偽文書には、次のような有効性もある。文字は、事実を伝達したり残したりするものというのが一般的な理解と思われるが、書き手に都合の悪いことはわざわざ記さない。見方を変えれば文字は事実を隠蔽(いんぺい)するためのものともいえる。よって、正しい古文書であっても、書き手の本心を理解するには文字にならない行間を読み取る必要がある。それに対して偽文書は、こうあってほしいという本心の部分が文字として前面に押し出される。

 以上のように、椿井文書は江戸時代以降の幅広い時代の人々の心の内面を読み取ることができる貴重な素材と言える。しかし現状では、江戸時代以前の地域史を学ぶ素材に椿井文書を用いている自治体も多い。

 その点は、中公新書として公刊した『椿井文書―日本最大級の偽文書』でも指摘した。今後は、椿井文書に対する自治体の対応からも、組織としての体質が透けてみえてくると思う。(大阪大谷大准教授)