立石義雄氏

立石義雄氏

 大手制御機器メーカー、オムロン(京都市下京区)の元社長で名誉顧問、前京都商工会議所会頭で現名誉会頭の立石義雄(たていし・よしお)氏が21日午前0時27分、新型コロナウイルス感染症のため京都市内の病院で死去した。80歳。同社によると、感染拡大防止のため、通夜と葬儀は近親者のみで行う。移動や接触を伴う弔問や香典、弔電などは辞退する。喪主は長男郁雄(いくお)氏。社葬やお別れの会は未定。京都市などによると、立石氏は今月1日に倦怠(けんたい)感を訴え、2日に発熱。5日に市内の医療機関を受診して肺炎が確認され入院した。PCR検査で翌6日に陽性が判明した。感染経路は不明。立石氏は基礎疾患があり、当初から症状は重く、入院中は人工呼吸器を装着していたという。京都府のコロナ感染による死者は6人目。

 立石氏は1939年、立石電機(現オムロン)創業者・立石一真氏の三男として大阪府で生まれた。同志社大卒業後、63年に立石電機入社。取締役、常務、専務を経て87年に47歳の若さで兄の孝雄氏からバトンを引き継いで3代目社長に就いた。社長時代にはオートメーション機器以外にも分野を広げ、中国戦略を積極的に推進。企業名を立石電機からオムロンに変えるなどして世界的な企業に導いた。2003年から会長に就任した。
 京都経済界では重職を務め、村田純一氏の後を継いで07年~先月末まで5期13年京都商工会議所会頭を務めた。会頭時代には中小企業の振興に力を注ぎ、行政や団体をまとめて京都財界の念願だった京都経済センター(京都市下京区)の完成にこぎつけた。センターを運営する「京都知恵産業創造の森」の理事長にも就き、今月初めに入院するまで職務に当たっていた。
 京の五花街の保存・継承を担う京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)の理事長を兼務するなど多くの公職も務め、京都の経済と文化をつなぐ重鎮として活躍した。