工事で露出した市電稲荷線の線路跡に、住民有志が立てた看板(京都市伏見区)

工事で露出した市電稲荷線の線路跡に、住民有志が立てた看板(京都市伏見区)

乗客でにぎわう京都市電稲荷駅=1970年撮影、中村さん提供)

乗客でにぎわう京都市電稲荷駅=1970年撮影、中村さん提供)

 伏見稲荷大社(京都市伏見区)近くの稲荷公園で、50年前に廃止された市電稲荷線の線路跡が見つかり、鉄道ファンや住民らのグループが案内看板を設置した。「京都の近代化を支えた市電を、多くの人に知ってほしい」と願う。

 稲荷線は1904(明治37)年、伏見線勧進橋停留所から稲荷停留所までの約700メートルで開通。18(大正7)年に運営していた京都電気鉄道から市が買い取った。70(昭和45)年に廃止され、停留所のあった場所は公園や市道となった。
 今年1月、市が公園のバリアフリー化などを進めた工事で、わずかに見えていた地中の線路跡が大きくむき出しになった。それを知った中村浩史さん(54)=大阪府茨木市=や住民が保全を要望。市が一部の約60センチを残し、柵で囲った。
 看板には市電の歩みや、伏見稲荷への参拝者を運んだ歴史を記した中村さんの文章とともに、50年前の稲荷停留所をとらえた写真も載せた。設置費用は、旧深草町(現伏見区)の財産を管理する一般財団法人「深草記念会」が出した。文章を英訳したウェブページのQRコードもある。
 中村さんは「市電を見たことのない市民も増えている。明治維新後、天皇陛下が京都を去り、寂れそうになるまちを支えた役割を後世に伝えたい」と話す。