認知症カフェで笑顔を見せる女性 (1月19日、京都市左京区)

認知症カフェで笑顔を見せる女性 (1月19日、京都市左京区)

 連載企画「700万人時代 認知症とともに生きる」第1部を3月下旬に掲載した。物忘れがあっても、喜んだり悲しんだりして、外出したい気持ちは変わらず、仲間をつくることができることなどを伝えた。全てが人にとって欠かせないことだが、取材を通じて「認知症の人は何も分からない」との偏見が根強く、人として向き合っていないのではないか、と思った。

 そんな思い込みがなかったか読者と一緒に考えようと、紙面でできる限り多くの認知症の人を紹介した。

 できることはもがきながらでも自分でやると決め、「何もできないだろう」と安易に手を差し伸べられることに反発する男性。交通機関の乗り換えを何度も試して自力で外出を続ける女性。認知症とともに今を前向きに生きる姿を紹介した。

 この人たちも、診断直後は認知症を受け入れることができず、「人生は終わった」と絶望したという。自宅に5年間引きこもった人もいる。ほかの人より強いからではなく、家族や地域の理解に後押しされた人が多い。

 社会には、まだまだ認知症を受け入れにくい状況がある。「認知症だけにはなりたくない」「なったら恥ずかしい」と考える人も多い。無知や無関心だけにとどまらず、認知症と知られて友人に遠のかれたり、地域のグループから拒否されたりといった差別も実際にある。

 そんな社会だから、本人が「物忘れがひどい」と気付いても、認めたくないから言い出せない。家族も知られることを避け、周りに助けを求められない。そうなると、症状に対応した生活の工夫ができなかったり、医師の適切な指導を受ける機会を逃したりすることになる。

 「私たちは違う」と考える背景には、認知症を「ひとごと」とする意識があるのではないか。しかし、5年後には認知症の人が国内で700万人を超えるとされている。65歳以上の5人に1人。自分も家族も近所の人も、誰もがなりうる。これから認知症になる私たちが、なっても生き生きと暮らせる社会にしたい。そんな思いをタイトル「認知症とともに生きる」に込めた。

 「みんな老いるんだもの。多少、物忘れがあったっていいじゃない。こんな考えが1人また1人と増えていけば、きっと優しい社会になる」

 介護福祉士の増本敬子さん(63)=京都市左京区=の言葉が印象的だった。「おたがいさま」のちょっとした配慮が穏やかな関係を築き、意思疎通をスムーズにする。

 介護の身体的、金銭的な負担を抱える家族を支える制度や、「ともに生きる」を具体化する社会の仕組みづくりなど課題は多いが、自分のこととして認知症に関心を持つことが出発点となるはずだ。

 認知症だからと突き放される社会に、あなたは生きたいですか? 取材を続けたい。