姉(手前)とともに、交通事故が家族にもたらした悲劇を語る中江美則さん=3月、南丹市内

姉(手前)とともに、交通事故が家族にもたらした悲劇を語る中江美則さん=3月、南丹市内

 京都府亀岡市で集団登校中の児童らに無免許運転の車が突っ込み10人が死傷した事故は23日で発生から8年。長女の松村幸姫さん=当時(26)=を失った中江美則さん(56)は、約40年前に姉が交通事故に巻き込まれた。姉は無免許の車に同乗し事故に遭い、57歳の今も後遺症に悩まされる。「自業自得や」。交通事故の防止を訴えてきた中江さんは姉を前にそう語るが、表情には葛藤もにじむ。「姉は大切な身内。やっぱり気の毒で仕方ない」。二つの事故にかき乱された家族の内実を明かした。

 姉は19歳の時、知人が運転する車の後部座席に乗っていた。「知人は無免許運転を繰り返していた」。姉は振り返る。前の車を追い抜こうと反対車線にはみ出すと、車のライトが大きく見えた。「もうあかん」。膝の上にいた幼い息子を抱え込んだ。「気が付いたら病院のベッドの上でした」。意識が戻ったのは約40日後だった。

 当時、中江さんは高校3年だった。事故直後からほぼ毎日見舞いに通った。姉は事故の3年前に家を飛び出し結婚していた。久しぶりに病室で再会した姉は重体。「何をしてるんや」という思いがこみ上げたが、とにかく助かってほしいという一心で看病を続けた。

 事故でけがが最も重かったのは姉だった。膝に抱いていた息子らの命は助かり、正面衝突したトラックの相手も大きなけがはなかった。約8カ月に及ぶ入院を終えた姉を待っていた生活は過酷だった。離婚して息子とは離れて暮らすことになった。歳月とともに記憶力は低下し、歩くことにも苦労するようになった。

 事故の影響は中江さんにも及んだ。精神的に不安定になり、卒業を目前に高校を中退した。生きていてくれて良かったと心底思う半面、「なんで無免許の車に乗ったんや」と責める気持ちも湧いた。しかし人生の一変した姉を前にするとふびんでならない。事故以来姉と暮らした母親は約10年前、中江さんに姉を託して亡くなった。

 中江さんは結婚して幸姫さんらを授かった。姉の悲劇を知るだけに、口うるさく交通ルールを守るように注意した。「絶対に交通事故に遭わせないようにと思っていた」。幸姫さんも後遺症に苦しむ伯母を気遣っていたという。

 それなのに、幸姫さんの命は交通事故で奪われた。「幸姫にはまったく非がない。規則を守って歩いていただけ」。姉と娘を襲った悲劇。いずれも無免許の無謀な運転が背景にあった。「身勝手な運転で幸姫は幸せな人生を絶たれた。姉は40年間生き地獄を歩んでいる」。姉を前に、中江さんは声を振り絞った。