幻想的な作風で知られる泉鏡花は、極度の潔癖症だった。ばい菌を恐れるあまり刺し身は口にせず、茶や酒も沸騰するほど熱くして飲んだ。あんパンは表裏をあぶって食べ、豆腐はその漢字を嫌って「豆府」と書いたという徹底ぶりである▼鏡花が恐れたのは、明治期に流行したコレラや赤痢などの伝染病だ。消毒用のアルコール綿を持ち歩いて指先をふいたと、嵐山光三郎さんの「文人悪食」にある▼コロナ禍が世間を覆う今、私たちは鏡花の臆病ぶりを笑えるだろうか。時折ドラッグストアをのぞくが、マスクとともに消毒液の棚も空のままである▼今後も不足が見込まれることから厚生労働省はこのほど、アルコール度数の高い酒も条件を満たせば手指の消毒に代用できると通知した。SNS上では以前からウオッカなどが消毒に使えるのではと冗談のように語られてきたが、国が認めたことになる▼この動きを受け、宝酒造(京都市下京区)など複数の酒造会社が消毒用にアルコールの増産に乗り出した。医療や介護の現場では、消毒液不足は死活問題である▼必要なところに行き渡るよう、行政も市民も力を合わせたい。自分で手が洗える人は、石けんで丁寧に手洗いすればいい。消毒液を使わなくてもウイルスは十分除去できると厚労省は言っている。