「性的指向は私の一部でしかない。私は私」。光が差し込む廊下で、窓の外に目を向ける岡野さん(京都市上京区・同志社大)

「性的指向は私の一部でしかない。私は私」。光が差し込む廊下で、窓の外に目を向ける岡野さん(京都市上京区・同志社大)

 歩行者が行き交うデッキをにらみ、こぼれ落ちそうな涙をこらえていた。昨年7月28日。JR大阪駅近くで開かれた性的少数者への差別反対を訴える緊急デモに、同志社大教授の岡野八代(やよ)さん(51)はいた。何度も書き直した原稿を手にマイクを握る。

 「私はレズビアンとして、自分で自分を殺していたかつての自分と、かつての私と同じような思いをしている人たちの命を救うため、杉田水脈(みお)議員に強く抗議します」

 女性として女性を好きになる性的指向を社会にカミングアウトした瞬間だった。

 きっかけは「子どもをつくらない、つまり『生産性』がない」とLGBT(性的少数者)支援を批判した杉田衆院議員の寄稿。「新潮45」(現在は休刊)8月号に掲載されると、各地で抗議集会が起こった。岡野さんが最も腹立ちを覚えたのは「そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものだ」との一文。「理不尽をただすのが政治家の役割のはず。生きづらさを我慢しろというだけなら、政治家を雇う意味がない」

 岡野さんは中学生の時にレズビアンを自覚した。狭い子どもの世界にも、日々目にするテレビにも、同性愛への侮辱や嘲笑があふれていた。自分が好意を寄せた人に「気持ち悪い」「異常だ」と嫌われることを恐れ、「死んでも言えない」と心を閉ざした。

 男女平等を目指すフェミニズム理論の研究者になり、憲法や従軍慰安婦について発言するようになると、「あの人はレズビアンだから」とレッテルを貼られるのが嫌で黙ってきた。「自分で自分を差別している」と苦しみ続けた。

 2015年の電通の調査では13人に1人がLGBTとの結果が出たが、同じ年に国費で実施された大規模な意識調査では、10人中9人近くが家族や友人、職場の同僚に同性愛者は「いない」「いないと思う」と答えている。見えないことで鈍感になり、鈍感さが差別を助長する悪循環。性的少数者の多くが小学生から高校生の間にいじめを受け、自傷やうつ病の発症率も高いといわれる。

 一方、夫婦と子で成り立つ家族像は、平成の30年間で大きく姿を変えた。両親と子の世帯は減り続けて一人暮らし世帯の割合と逆転。一人の女性が生涯で産む子どもの数は1・43(17年)と2人に遠く届かず、50歳までの男性のほぼ4人に1人が一度も結婚しない。さらに、結婚した3組に1組が離婚を選ぶ時代だ。

 子どもの有無で「生産性」を測る社会はおかしいと声を上げ始めたのは、岡野さんだけではない。8月には日本文学研究者ロバート・キャンベルさんが、20年近く連れ添う同性パートナーの存在をブログで明かし、大きな反響を呼んだ。

 カミングアウトから5カ月。岡野さんは当初、抗議集会を思い出すたびに涙がこみあげ、「正しいことだったか」と気持ちが揺れた。親しい人は「そんなに苦しかったんだ。気付いてあげられなくてごめん」「私は(同性が好きだと)言えないけど頑張って」と共感してくれた。

 「今回だけは当事者だと言わずに批判することはできなかった。後悔はしていない」。今は少しだけ、前を向き始めている。

        ◇

 2019年が幕を開けた。今年は改元で新しい時代を迎える。急速に進む少子高齢化や国際化、情報技術革命。ポスト平成の世の中は、どのような風景が広がるのか。旧来の価値観が大きく揺らぐ中、多彩な生き方を追い求める人々を訪ねた。