「普段できないことに挑戦する絶好の機会かもしれません」と古典を薦める鎌田さん(京都市左京区)

「普段できないことに挑戦する絶好の機会かもしれません」と古典を薦める鎌田さん(京都市左京区)

 こんな時だからこそ、普段は手に取ることのない「古典」を読んでみてはいかがでしょうか-。京都大教授の鎌田浩毅さん(地球科学)は、家にこもりがちになる大型連休の賢い過ごし方として、読書を勧める。「座右の古典」(ちくま文庫)、「理学博士の本棚」(角川新書)などの著書がある鎌田さんに、新型コロナウイルスの脅威に向き合い、生き方を見つめ直すための手引きとなる古今東西の名著を紹介してもらった。

■「天災と国防」 天災は忘れた頃にやってくる

 -今の時代を考える手がかりになる古典と言えば。
 寺田寅彦の「天災と国防」(講談社学術文庫)をオススメします。数百年の時のふるいを経て残った「大古典」に対し、こちらは「中古典」という位置づけでしょうか。比較的現代に近いけれど、評価の定まっている書物を指す造語ですが、大古典に比べると、ずいぶん取っつきやすい。
 -寺田と言えば「天災は忘れた頃にやってくる」。
 彼は天災について、こう書いています。「悪い年回りはむしろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほどの明白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである」
 今回の新型コロナも、ある種の天災です。この現代において、これほど制御しきれない感染症に襲われるとは、だれも思っていなかったのではないでしょうか。一部の専門家は分かっていたとしても、寺田の言葉を引けば「わが国の科学者がおりにふれてはそのいわゆるアカデミックな洞窟をいでて火災現象の基礎科学的研究にも相当の注意を払うことを希望したい」とあるように、普段から市民に正しい知識を伝えておく必要があります。
 -鎌田さんは「科学の伝道師」として、専門知識を伝えている。
 まさに「洞窟をいでて」の言葉に触発されて、火山の基礎研究から防災研究にシフトし、地震への備えを広く訴えるようになったのです。被災者数6千万人と予測される「南海トラフ巨大地震」は、2030~40年の間に間違いなくやってくる。近代以降の日本にとって、最大の試練が必ずくるわけです。「コロナでそれどころじゃない」という今こそ、強調しておきたいと思います。
 「天災と国防」には、こんな文章もあります。「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」「災害を大きくするように努力しているものは誰あろう文明人そのものなのである」。グローバル化を推し進め、大量のモノと人が動くことで成立する現代社会への警鐘として読めます。

■「幸福論」 人は行動したいのであって、服従したいのではない

 -この状況下、人の姿勢や行動、もっと言えば生き方が問われている。
 アランの「幸福論」(角川ソフィア文庫)はいかがでしょう。20世紀前半のフランスの哲学者が、新聞に寄せたエッセーから幸福にまつわるテーマを集めた一冊です。「自分を愛してくれる人たちのためになしうる最善のことは、やはり自分が幸せになることだ」「人は行動したいのであって、服従したいのではない」。古典はキーフレーズを抜き出すと、ぐっと身近になります。ちなみに、出典の引用は読みやすさと現代性から選びました。
 いま効くのは「心配のある時には理屈を考えたりしてはいけない」。悩み始めたら考えるのはやめて体を動かしましょう、ということ。感情を変えるのは簡単ではないけれど、行動は変えられる。いまは、その行動が制限されてしまっているけれど、人が少ない場所を散歩するとか、家の中でも体を動かすとか、工夫のしようはあると思います。
 行動が思考を変える。この考え方はアドラー心理学にも通じますし、現代フランス哲学やイタリア哲学の中心的なテーマである「身体論」にも重なってきます。日本で言えば、風邪は「治すべき」ものではなく、「経過すべき」もの、と考えた野口晴哉の「風邪の効用」(ちくま文庫)の思想が近い。「もともと頭より体のほうが賢い」と考え、病気のみを微視的に扱うのではなく、からだ全体を観察して本質をつかもうとした。ウイルスへの向き合う態度としても、参考になるかもしれません。
 -他人の行動や考え方、あるいは政府や行政への批判も目立っている。
 「批評は人の自由、行蔵(こうぞう)は我に存す」。勝海舟の「氷川清話」(講談社学術文庫)です。「行蔵」とは出処進退のことで、この一文は、幕府と明治政府の両方に仕えたことへの批判に応じた言葉です。彼は常に、フレキシブルに、今自分に何ができるかを考え、行動しました。腹が据わっていた、胆識があったのです。ともに理がある二つの選択を迫られたとき、動けなくなる状態から脱するのは「胆識」である、と。しかも「正しさ」は相対的なもので、状況によって刻々と変わり得る。何が最善かを常に考え続ける姿勢は、リーダーにも、市民にも大切ではないでしょうか。

■「ペスト」 驚くほど予言的、ベストセラーに

 -京都の書店ではカミュの「ペスト」(新潮文庫)がベストセラーになっている。
 頼もしいですね。みなさん大変な時期で、日々、自らの生活に必要な情報を求めている。しかし、インターネットに流れる情報だけを追うのは、手軽ではあっても実は効率が悪い。事実や課題を体系的に知るには、その道の専門家がまとめた本を読むのが一番。そして、ある種の危機に直面した時の人間のあり方を考えるのは文学の役割です。
 「ペスト」は、いまの状況を驚くほど予言的に描いています。事態の軽視に始まり、やがて感染の拡大に戸惑う行政や市民たち…。死への向き合い方から、再生の模索まで。カミュが描いた「不条理」は、言い方を変えると「想定外」です。不条理に満ち計画通りにいかない世の中から、だれも逃れることはできない。そのことを疑似体験すると、少しは心が解放されるのではないでしょうか。
 -現実から離れて、物語を楽しみたい時は。
 ミヒャエル・エンデの「モモ」(岩波少年文庫)は、この時代にぴったりです。モモと呼ばれる女の子が「時間どろぼう」に盗まれた時間を人間に取り返してくれるという児童向けのファンタジーですが、時間に追われた人間に、真の「時間」の意味を気づかせてくれる好著です。
 「時間と自由」(白水Uブックス)で知られる哲学者ベルグソンは、時計で計測できる「物理的時間」(ニュートン時間)とは別に、人が感じる「心理的時間」(ベルグソン時間)の存在を提唱しましたが、「モモ」では、そうした哲学的テーマが物語として展開されています。
 こんな一節があります。「人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ」
 社会の時計が止まっている今、どのように主体的に生きるのか。ベルグソン時間が問われているのではないでしょうか。