「城陽の緑と文化財を守る会」が、芦田さん(右)宅で見つけた奈良電鉄バスの停留所看板=城陽市寺田

「城陽の緑と文化財を守る会」が、芦田さん(右)宅で見つけた奈良電鉄バスの停留所看板=城陽市寺田

 かつて京都-奈良間を約1時間で走った奈良電鉄(現・近畿日本鉄道)バスの停留所看板が、京都府城陽市内の民家で見つかった。市民団体「城陽の緑と文化財を守る会」が保管するとともに、市民から当時の思い出を聞き取っており、会の福富城介代表(73)は「市史などの文字が示す地域の歴史が、よりリアルによみがえる」と話す。

 看板は木製で縦72センチ、横38センチ。福富さんが昨年末、同市寺田北東西の民家を訪れた際、窓を補強する板材として打ち付けられているのを偶然発見した。「奈良電鉄バス」「寺田停留所」と書かれた青い字や、赤字の「切符賣(売)場」が読み取れる。
 住人の芦田清文さん(71)によると、自宅でかつて芦田さんの祖母が菓子などを売る商店を営んでいた。店前の旧国道24号(現在は府道)に京都行きの停留所があったという。
 店ではバスの切符も販売し、芦田さんは「切符がなくなりそうになると、桃山御陵前駅(京都市伏見区)近くの奈良電鉄本社に切符を取りに行った。『家の手伝いがある』と言って小学校を早退したことがばれて祖母に怒られた」と懐かしむ。
 奈良電鉄社史によると、同社が京都-奈良間を結ぶバス路線を開業したのは1952(昭和27)年5月。当時の京都新聞は「すずなりの初客」との見出しで、旧城陽町内で撮影した写真とともに運行初日の模様を報じている。社史にある63年の路線図では、京都駅前から現在の伏見区を経て宇治市など木津川右岸を通り、近鉄奈良駅前までを走っていたことが分かる。
 同年の京都-奈良間の所要時間は最短75分で、芦田さんは「京都の祇園から城陽まで30分しかかからないくらい、車が少なかった。京都から奈良まで1時間少しというのも納得できる」。同社の乗り合いバス輸送人員は、開業前の前年度と比べてほぼ倍増の約120万人となっており、盛況ぶりがうかがえる。
 同社は28年に、現在の近鉄京都線に当たる京都-西大寺間を開業。社史によると、京都-奈良間のバス路線は、鉄道開業当初から免許獲得に動いていたという。会の杉浦喜代一さん(69)は「この区間の交通網を盤石にするのが悲願だったのではないか」とみる。
 路線は奈良電鉄が近鉄と合併した63年に近鉄のグループ会社に引き継がれたが、98年2月に京都駅と大安寺(奈良市)を結ぶ路線が休止となり、以降は近鉄バスの京都-奈良間の直通バスは走っていない。
 福富さんらは「バスが走っていた時は当たり前の風景だったからこそ、意識して話を聞いたりゆかりの物を集めたりしておかないと、後世に伝えるのは難しくなる」としている。