惨禍を二度と繰り返さないために、教訓をいかに後世に伝えていくかが問われている。

 乗客ら107人が死亡した尼崎JR脱線事故から15年が経過した。新型コロナウイルス感染拡大でJR西日本は追悼慰霊式を中止し、遺族らは自宅や現場で手を合わせた。

 遺族にとっては何年たってもきのうのことのように、思い出されるのではないか。負傷者には回復しても犠牲者への「罪悪感」を抱える人もいるという。支援に終わりはない。

 JR西は加害企業として社内風土の改善や、安全対策の推進に取り組んでいる。事故の背景には、ミスをした運転士ら乗務員に対する懲罰的な「日勤教育」など、個人に責任を押しつける社員管理があると批判された。

 乗務員による人為的ミスの責任を問わない「非懲戒制度」を導入した。安全関連の設備投資額は近年、1千億円前後の高水準で推移しているという。

 それでも安全確立への道はまだ半ばと言わざるを得ない。

 2017年に新幹線の台車が破断寸前のまま運行を続けたことが判明し、安全への信頼が再び揺らいだことは記憶に新しい。

 労働組合による今年のアンケートでは、尼崎事故の風化防止が「十分できている」と答えたのが25%の80職場にとどまり、17年の同様調査から7ポイント減った。

 4月には事故後に入社した社員が初めて過半数となった。当時の記憶と教訓の継承が課題として浮き彫りになっている。

 同社は事故車両を研修施設で保存し、社員の安全教育に活用する方針を遺族らに伝えた。風化を防ぐ取り組みといえる。

 だが一般公開については遺族らの意見が分かれているという。慎重な判断が求められる。

 事故の刑事責任を巡って、遺族らが創設を求める「組織罰」には高い壁が立ちふさがっている。

 業務上過失致死傷罪で同社元社長が在宅起訴、歴代3社長が強制起訴されたが、無罪が確定した。

 未曽有の事故の刑事責任を誰も負わないのは納得がいかない―との問いかけはもっともだ。議論は進んでいないが、国は真摯(しんし)に取り組むべきではないか。

 コロナ禍で業績悪化が予想される中、JR西は安全に関する投資の計画は変更しないという。

 事故で誓った鉄道の安全を守り続けるためにも、今は正念場だ。むしろ安全を中心に企業の在り方を立て直す契機にしてほしい。