まつい・ひろみ 1985年京都市生まれ。美術史学。日本学術振興会特別研究員、名古屋大特任講師などを経て現職。「キュビスム芸術史」(名古屋大出版会)で和辻哲郎文化賞を最年少受賞。

 満開の桜が誰に眺められるともなく散っていく、奇妙な春になった。私が勤務する大学では、毎年桜が新入生を歓待するように咲き誇る。だが今年は新型コロナウイルス蔓(まん)延の影響でしばらくのあいだ遠隔授業となり、キャンパスは閑散としている。

 美術館でも、さまざまな展覧会が休止となっている。京都では、新たな名称を冠した京都市京セラ美術館が3月の予定だった開館を延期し、開館記念特別展「杉本博司 瑠璃の浄土」も見ることができない。

 美術館の作品は桜の花と違って散りはしない恒久のものだ。だが展覧会については別である。構想から開催まで数年を要する企画には、期を改めての開催が難しいものもある。芸術家や学芸員の成果が誰の目にも触れない事態となれば痛ましい。

 こうしたなか、館外からでも作品を楽しめる美術館の工夫が注目を集めている。例えば京都国立博物館の「トラりんチャンネル」は、全館臨時休館以降、博物館の研究員による作品解説を動画配信し、子供から大人まで楽しめるサービスを提供している。京都府立堂本印象美術館のように「グーグル・アーツ・アンド・カルチャー」に登録されている美術館なら、自宅でもオンライン上で常設展を観覧することができる。

 ところで、美術館のオンライン化は今に始まったものではない。デジタル画像とともに作品情報と解説をネット上で公開する活動は、美術館における研究成果のアウトリーチと教育普及の促進により充実してきている。例えばカナダ国内の文化施設の所蔵品をデジタル化し集めた「バーチャル・ミュージアム・オブ・カナダ」利用者に独自のバーチャル展覧会を作る機会を提供するなど、革新的な取り組みを行ってきた。

 実のところネットの登場以前から、ある種の「バーチャル美術館」は存在していた。かつて文化大臣を務めたフランスの文学者アンドレ・マルローは、世界中の美術作品の写真画像を並置し自由に比較する「空想美術館」という概念を提案した。

 また写真の登場以前から芸術家たちは、巨匠の作品の模写素描やその複製版画などを利用し、独自の「空想美術館」の中で過去の作品との対話を深め、自らの造形的な語彙(ごい)を豊かにしてきた。

 しかし最先端の技術を駆使したオンライン・サービスを持ってしても、実物の鑑賞体験はバーチャルな経験とは大きく異なるのも事実だ。現実の空間で少しずつ距離を変えながら見ると、作品は驚くほど違った様相を見せる。今はさまざまな空想をめぐらせながら、展覧会の再開を待つばかりである。

(神戸大国際文化学研究科講師)