感染症とともにあった人類史を振り返る香西准教授(京都市北区・佛教大)

感染症とともにあった人類史を振り返る香西准教授(京都市北区・佛教大)

 世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。「未知のウイルス」への警戒は続いているが、一方で人類は歴史上さまざまな感染症にさらされてきたのも事実だ。歴史的な視点から現在のパンデミック(世界的大流行)を眺めると、どのような風景が広がるのだろうか。医学史を専門とする佛教大社会学部の香西豊子准教授に聞いた。


 -過去にはどのような感染症があったのか。

 「8世紀の日本では天然痘が大流行したとされる。政権中枢の貴族も死亡し、社会が大混乱した。一説には当時の人口の4分の1に当たる100万人以上が亡くなった。天然痘はそれからも断続的に流行した。また幕末から明治に数度にわたって流行したコレラでは、そのつど数万から十万の人が亡くなった。明治政府は天然痘やコレラなどを『法定伝染病』として対策を講じたが、毎年数万人の死者が出た。戦前期には結核で年間約10万人の命が奪われ『国民病』と言われた。過去の感染症は、現在と比較にならない規模の犠牲者を出した」

 -猛威を振るう病気と人々はどう向き合った。

 「江戸時代以前は疫病神によって天然痘などは広がると考えられ、神を祭ることで退散を願った。また天然痘にかかるのは大人への通過儀礼ともみなされていたようだ。江戸時代になると天然痘に対する予防接種の技法が伝わったものの、接種に伴い一部で健康に変調を来すことが問題視され、あまり広まらなかった。幕末になると外国人が入国する際の『検疫』の実施が検討されるようになったが、おおむね『感染症とは共存するもの』という価値観が強かったと言える」

 -明治期以降の変化は。

 「西洋医学とともに近代的価値観が導入され、感染症で多くの国民の健康が害されることは国家の大きな損失と捉えられるようになった。正面から感染症と『闘う』ようになった。具体的には小学校のカリキュラムに衛生学を組み込み、身体を清潔で健康に保つ衛生習慣を教えるようになった」

 -しかし明治以降も感染症で亡くなる人は多かった。

 「近代以降も感染症は恐ろしい病気として身近に存在した。環境の整備や栄養状態の改善や抗生物質の開発により、必ずしも感染症が脅威ではなくなったのは戦後だ。そうした時代を生きているわれわれにとって、新型コロナウイルスの感染症の拡大は大きな驚きとなったのだろう。過去の感染症とは違い、世界へ拡大する過程がリアルタイムで追跡できた。可視化されたからこそ、恐怖が増幅した面もある」
 
 -感染症とともにあった人類の歴史から学べることは。
 
 「生物である限り、感染症から逃れることはできない。現代は医療技術が進んでいるが、それに伴って新たな問題が噴き出している。過去には徹底的に『闘う』以外の、感染症への向き合い方もあった。感染症の経験値が著しく落ち込んだ現在、かつての感染症対策の歴史を知ることは、いま感染症に向き合うための材料を与えてくれるだろう」