先日、90歳で亡くなった旅行ジャーナリストの兼高かおるさんは「これしかない」という言葉が好きでなかったそうだ。強い言葉だが、考えの幅を狭め、自分の可能性を試そうとしなくなるからだ▼1990年まで約30年間続いた紀行番組「兼高かおる 世界の旅」でも、事前のシナリオを用意せず、状況に応じて現地の今を伝える臨機応変の姿勢を貫いた。海外に出れば何が起きるかわからないため毎年遺書を書いていたという▼番組が始まったのは海外渡航が自由化される前。外国旅行がまだ高根の花だった時代に、多くの日本人は兼高さんが上品な語り口で案内する外国の文化や生活に触れ、異国への夢を膨らませた▼北極や南極にも出かけ、総移動距離は地球180周分に及ぶ。市井の人々との出会いを大切にし取材ではまずその国の習慣やタブーを聞き、守ることを忘れなかった。相手を不快にしないよう自分に課したマナーだった▼戦争の悲惨さも何度か見た。「旅をして他国を理解すれば親しみが生まれ、戦争する気はなくなりますよ。イラクの古代遺跡は人類の宝です」と自分の目で直接見て感じる大切さを説き続けた人でもあった▼「平和を保つには、まずは『違う』ということを認め合うこと」。兼高さんが長年の旅から学んだことの一つだ。