5月4日 お日ぃさんの匂い
 「幸せは、洗濯ものがかわくこと」。ある日心に留まった言葉です。手帳メーカーが毎年名言を募る大賞の過去作品。投稿者によると「たたみながら母親が言った言葉」。共感を覚える方は多いはずです。取りこんだばかりの“洗濯もん”はまだ温か、ほのかなお日ぃさんの匂いには確かに幸せのエッセンスが凝縮されている。人類史において物干しは太陽光エネルギー利用の理想形の一つです。五月晴れと洗濯は相性が良い。

5月5日 川とともに
 「おばあさんは川へ」というのは昔話ではなく、昭和中頃までの田舎では普通の光景でした。119本の一級河川が流入するという琵琶湖周りの各集落でも、洗いものは当然のごとく川辺でなされました。私の郷里(旧能登川町佐生)には生水(しょうず)と呼ばれる湧水池があり、主婦たちのおしゃべり、情報交換が繰り広げられていたもの。湧き上がる豊かな水にうっかり流された洗濯もんを追いかける母たちの姿が目に焼きついています。

5月6日 必要は発明の―
 1950年代後半、「三種の神器」と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫のうち、最も主婦を救ったのは洗濯機でしょう。近年バチカン市国の公式新聞が「洗濯機は避妊薬以上に女性の解放を果たした」なんてあえて表明しているほどです。
 当初はそばにつきっきりだった一槽式(ローラー絞り付き)から脱水機付きの二槽式、やがてタイマー付き全自動へ。「必要は発明の母」の証明のような、明快な進化を遂げた家電です。

5月8日 洗濯機の名前
 「青空」「白い約束」「静御前」。今昔の洗濯機の愛称です。白妙(しろたえ)の衣が干された景色を見て「夏が来たかも!」と感じられた持統天皇の頃から、空に翻る白い衣は爽やかさ、明るさの象徴。戦後経済成長期には家電にそんな憧れ、思い、決意が乗せられています。「千曲」「うず潮」に「琵琶湖」なんていう力強いものもある。「愛妻号」「ママ思い」「ママトップ」「ニューミセス」って、これらは今では物議を醸しそうな命名ですね。

5月9日 いとしい竹竿
 洗濯の歴史と密接な関係にあるのが竹竿(たけざお)です。軽くて丈夫、真っすぐで長く、細工もしやすい独特の材質。日本人にとっては、かぐや姫より古いつきあいでしょう。私の幼年時代もことあるごと裏の竹やぶで切っていました。物干しはもちろん、洗濯物を高く掛けるにも、柿をとるにも、チャンバラにもスキー板にも。切ったばかりのまだかぐわしい青竹に直接干した洗濯物にはときどき緑色が移染し、絶対に落ちませんでした。

5月10日 奥に干す
 空に翻る衣は爽やかさの象徴と書いたものの、洛中では洗濯物がほとんど目につきません。市民の景観意識の高さによるものでしょうが、町家のような建物の構造上、干す場所は奥の庭、今で言うインナーバルコニーで、という現実もあるでしょう。けれどもそれ以上に「他人様(ひとさま)に洗濯物をお見せするのは、はしたないこと」という美意識が強く残っている。地域でご年配の方々にお話をうかがっているとそう感じます。

 

~洗濯もんを京の陽ざしと風に~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 物干し竿(ざお)に通した3枚のパンツ。両脇は湿っていて、真ん中の1枚をとりたい時にどうする? 晴れた空の下、強風の物干し台で、伊丹十三が若き桃井かおりに講義します。

 湿ったやつの穴から手を突っ込んで真ん中を引っ張り出す。これが能率的。タオルを幾つも干す場合は端を少し重ねて、一つの洗濯ばさみで2枚を留める。最終的にはタオルの数より一つ多いだけのはさみで留められる。

 約40年前のATG映画「もう頬づえはつかない」のこの場面は、ストーリーにまるで関係ないのに、いまだパンツやタオルを干すたび記憶によみがえるのです。つまり毎度。伊丹さんのとぼけた語り口を追慕しつつ、今朝もまた家族4人分、大量の湿った洗濯もんの未来を京の空の陽(ひ)ざしと風にゆだねます。

 さて。単身赴任の東京から戻るなり外出自粛を余儀なくされ、元々のライフプランをはるかに超える速度で主夫化が進んでおります。三度の家ご飯、片付け、掃除、子どもと遊ぶ、勉強させる…。同じくほぼ休業中の妻と協力しあってはいるものの、彼女の家事に立ち向かうブルドーザーのような姿には「プロ生活者」を見る。一方の私は、われながらひどくモタクサしています(って人、今多いだろうなあ)。

 しかし。洗濯こそは私が最も好み得意とする作業であることは書いておかねばなりません。というか大事なことの前に(この原稿とか)、必ずそわそわ洗濯を始める性癖あり。掃除系で分類すると私は「まず洗う人」だ。他に、磨く人、しまう人、吸い取る人、捨てる人等がいるであろう中で。

 洗濯機の解説書は熟読。洗濯ネット使用は基本。色と素材。手洗いか否か。水温と水量。洗剤は数種。外干しか部屋干しか。干しもたたみ方も美しく。子どもを従え講義する。

 「幸せは、洗濯ものがかわくこと」

 くせ者は息子の洋服です。袖にご飯粒が付いてないか、ポケットに異物が入ってないかの事前チェックが必要。その辺は、以前粉々ティッシュまみれの洗濯ものに悲鳴を上げたという妻よりもちょっとだけきちんとしているナ、と胸を張る。

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター