将棋が得意で、幼い頃から医師を志していた祐仁さん(真里子さん提供)

将棋が得意で、幼い頃から医師を志していた祐仁さん(真里子さん提供)

 大津市で昨年5月、散歩中の保育園児ら16人が死傷した交通事故から1年が過ぎた。その後も痛ましい事故が続く中、5年前に米原市での事故で長男を亡くした母親が12日までに取材に応じ、「苦しみ続ける遺族の実態を知ってほしい」と訴えた。突然家族を失った悲しみや、裁判で加害者と向き合うなど精神的に大きな負担を強いられる生活を語った。

 滋賀県内の中学校臨時講師大槻真里子さん(45)。2015年、彦根東高3年だった祐仁(ゆうと)さん=当時(17)=を事故で失った。「塾から安全に帰宅すると疑いもしなかった」が、2月27日午後7時ごろ、事故を目撃した同級生の母親から連絡を受けた。祐仁さんが信号のない自宅近くの横断歩道で車にはねられた。運転手の会社員男性は速度超過して前方不注視だったという。

 救急搬送中、「しっかりして」と必死に声を掛けると、祐仁さんは手を強く握り返してきた。意識は戻らず約3カ月後に亡くなった。祖父母がともにがんで闘病したこともあり、幼い頃から医師を志していた。信号点滅中に横断歩道を渡ろうとする真里子さんを止めることもあった。事故の数十分前、最寄り駅まで迎えに来てという連絡に、「歩いて帰ってきても時間は同じだよ」と答えたことを後悔している。

 運転手は自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われた。大津地裁長浜支部での公判には被害者参加制度で臨み、厳罰を訴えた。判決は禁錮3年、執行猶予3年。到底納得できず、約7千人の署名を集め、大津地検や大阪高検に控訴を要望したがかなわなかった。「わずかでも刑務所で罪と向き合う時間を与えてほしかった」

 判決後、寝食もまともにできなかったが、運転手との損害賠償のやりとりは続いた。高校生だった次男が面談の途中で立ち去ろうとした運転手と衝突し、左肩などを傷める出来事もあった。署名活動の報道をきっかけに、県内外の遺族とSNS(会員制交流サイト)などでつながりが広がった。その支援を頼りに、17年6月から勤務先の会社と運転手に損害賠償を求める民事裁判に臨んだ。運転手と再び対峙(たいじ)したが、謝罪はなく、事故原因などについて納得がいく答えはなかった。

 判決は今年2月にようやく言い渡され、運転手への賠償は大半が認められたが、勤務先への請求は棄却された。「裁判は終わったが虚無感しかない。祐仁を返してほしい、との思いが募るだけだった」

 勤務先の中学校では命の大切さを学んでもらおうと、授業で生徒に経験を話したこともある。だが、思い出が詰まる米原市の自宅には今も近づくことができず、守山市で仮住まいをする。「簡単には前を向けない。でも、生活は立て直さないといけないし、同じ被害を1人でも減らしたいという気持ちもある。『ママ頑張ったね』と言ってもらえるように生きていかないと」