事故現場近くを走る信楽高原鉄道の車両(14日午前9時27分、滋賀県甲賀市信楽町)=代表撮影

事故現場近くを走る信楽高原鉄道の車両(14日午前9時27分、滋賀県甲賀市信楽町)=代表撮影

 信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車が正面衝突し、42人が亡くなった事故から14日、29年がたった。滋賀県甲賀市信楽町黄瀬の事故現場脇にある慰霊碑前で追悼法要が営まれ、鉄道関係者らが犠牲者の冥福を祈った。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため参列者を絞って執り行った。

 法要は午前10時半に始まり、黙とうした後、SKRの正木仙治郎社長とJR西の長谷川一明社長が慰霊碑に花をささげた。参列者が手を合わせる傍らをSKRの列車が警笛を鳴らして走っていった。

 事故は、1991年5月14日に発生。SKRの普通列車と、同町での「世界陶芸祭」の開催に合わせてSKRの線路に乗り入れたJR西の臨時列車が正面衝突し、乗客ら42人が死亡、600人以上が負傷した。