亡くなった梅原猛氏

亡くなった梅原猛氏

 通説にとらわれない独自の日本学を打ち立てた哲学者梅原猛氏は、西洋とは異なる原理で思考する「京都学派」の体現者として大きな足跡を残し、93歳で逝った。訃報が伝わった14日、日本の文化・学術界の精神的支柱の喪失を惜しむ声が広がった。葬儀・告別式は15日に近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く予定。

 「家族に囲まれての大往生でした」。14日午前、京都市左京区の自宅で、京都造形芸術大教授の長男賢一郎氏(65)が最期の様子を京都新聞の取材に語った。梅原氏は会話こそできないものの、ベッドを囲む家族一人一人の顔を見つめてうなずき、12日午後4時半ごろ、静かに息を引き取ったという。肺炎だった。

 西洋哲学の進歩主義や人間中心主義を疑う京都学派の哲学を出発点に、日本思想の根底に流れる原理への関心を生涯にわたって持ち続けた。イデオロギーを超えた人脈を生かし、文化行政にも力を発揮した。

 仏教の平和思想、平等思想に根ざし、晩年は社会や平和の問題へ積極的に発言した。東日本大震災を「文明災」と捉えて、現代社会の病理を鋭く批判、科学の意味を問い直して人類哲学を打ち立てることの必要性を訴えた。また2004年には「九条の会」の呼びかけ人となり、互いに「京都を守る鬼」と呼び合った作家瀬戸内寂聴さんと、憲法9条の精神の尊さを説いた。瀬戸内さんが「京都の貴重な宝が失われたのが惜しい」とコメントするなど、各界の関係者から功績をたたえ、悼む声が相次いだ。