大蔵流狂言師の五世茂山千作さん

大蔵流狂言師の五世茂山千作さん

 京都に息づく茂山家の狂言を、おおらかな芸でけん引してきた大蔵流狂言師、五世茂山千作(しげやま・せんさく、本名正義=まさよし)さんが21日午前6時30分、すい臓がんのため京都市上京区の病院で死去した。74歳。京都市出身。葬儀・告別式は24日午後1時から京都市左京区二条通東大路西入ル一筋目下ルの大蓮寺で。喪主は長男十四世茂山千五郎(しげやま・せんごろう、本名正邦=まさくに)さん。

 戦後の狂言界を代表する故四世千作さん(人間国宝、2013年死去)の長男として1945年に生まれた。94年に茂山家の当主名である千五郎を十三世として襲名。誰からも愛されて飽きのこない「お豆腐狂言」と評される家風を体現した笑いを、張りのある声で届け続けた。2016年に家督を長男の十四世千五郎さんに譲り、隠居名である五世千作を襲名した。

 初舞台は4歳の時。20歳で大曲「釣狐」を演じた。76年、弟の七五三(しめ)さんらと若い世代の観客開拓を狙った「花形狂言会」を結成。古典はもちろん、故小松左京さん作「狐と宇宙人」など新作も幅広く手掛け、狂言ブームの礎を築いた。桂米朝一門の落語と融合した「落言(らくげん)」にも挑んだ。近年でも孫たちに稽古を付け、共演するなど大きな存在感を示していた。

 8月半ばから体調を崩し、検査したところ、がんと分かり、入院していたという。8月8日に岡山市の後楽園で上演した狂言が最後の舞台。京都では8月4日の「傅之会(かしずきのかい)」で地謡で出たのが最後だった。

 04年に府文化賞功労賞、08年に京都市文化功労者と芸術祭賞大賞を受け、16年には旭日双光章を受けた。