園山大祐教授

園山大祐教授

細尾萌子准教授

細尾萌子准教授

 9月入学の導入をめぐり、賛否両論が国内で渦巻いている。新型コロナウイルスによる休校で生じた学習の遅れを取り戻す効果が期待される一方、会計年度との関係や就学年齢の変更など、社会に与える影響の大きさから慎重な意見も多い。秋入学が主流の欧米と比較しながら、日本で取り入れる場合の利点と課題を探ろうと、海外の教育制度に詳しい大阪大人間科学研究科の園山大祐教授(比較教育制度学)と立命館大文学部の細尾萌子准教授(教育方法論)に話を聞いた。

大阪大教授 園山大祐さん

■数年かけて準備すべき 受験制度見直して

 ―9月入学について、どう考えるか。
 「欧米では基本的に9月入学が多いので、日本がそれに合わせることで留学がしやすくなったり、留学生や帰国子女の受け入れがしやすくなったりする利点はある。だが、このタイミングでの導入は拙速だ」
 ―どのような問題点が。
 「会計年度とセットで変更するとなると、相当な時間がかかる。9月2日から翌年の9月1日までを1学年にすると、小学校に入る年齢が最大7歳5カ月と遅くなるのもかなり大きな問題だ。導入するなら数年かけて準備すべきだろう」
 ―とはいえ、休校でカリキュラムの遅れが生じており、学校間の教育格差への懸念も強い。
 「9月入学を導入したからといって格差の問題が解決されるとは限らない。そもそも新型コロナウイルスがいつ収束するか分からないからだ。第2、第3の感染の波が来たときに休校せず対応できるだろうか」
 「欧州各国は、オンライン授業の環境を整備する流れにあり、学級の半分の生徒に時間差を設けて通学させる取り組みも始まっている。新型コロナの感染防止で机の間隔を空ける必要があり、教室や教員の数が足りないためだ。フランスなどでは、オンライン授業を受ける環境がなかったり、両親のサポートを受けられなかったりする子どもを優先して通学させている。日本でも、小中高の最終学年やオンラインで教えるのが難しい小学1~3年生を対象に、優先順位を付けた通学を検討すべきだろう」
 ―大学受験をめぐっては、今回の休校により、カリキュラムを先取りして教わる進学校の高校3年生や教育課程を既に終えた浪人生と、そうではない高校3年生との間で不公平が生じるとの指摘もある。
 「思い切って受験制度を見直してはどうか。大学に入るのに必要な知識を持っていることを前提に大学の入り口をオープンにし、欧米のように出口である卒業要件を厳しく評価するようにすればいい。国際基準に合わせるのであれば、その方が理にかなっている」
 「どこの大学を受験すべきかは、高校の成績を基に教員が生徒を指導することができるだろう。試験では、細かい知識を問うよりも、小論文で読み書きがきちんとできることを確認できれば、特定の教科の単元が学べていないということは問題にならないのではないか。英語でいえば、単語の数をどれだけ覚えているかや、発音ができているかということ以上に、長文読解や作文の能力を見ればその人の英語能力は測れる」
 ―新型コロナの影響は大学生の生活にも及んでいる。
 「海外と日本が決定的に違うのは、高校以上で学費が必要なことだ。無償化の制度はあるが、有料の仕組みも一定残っている。学生がアルバイトをできない状況が今後も長期化する可能性もある。政府は高校生や大学生に10万円を給付するよりも、学費を免除すべきだ」

立命館大准教授 細尾萌子さん

■雇用や労働に影響甚大 学習支援に尽力を

 ―9月入学案についてどう考える。
 「教育だけでなく、労働や雇用、経済に大きく関係しており、多様な側面から検討すべきだ。現時点ではメリットが限定的な一方でデメリットが甚大。9月入学案を検討する前にできることはある」
 ―大学入試対策になるという意見がある。
 「フランスは全国一斉の大学入学資格試験を本年度は取りやめ、高校の成績に応じて資格を授与することに決めた。フランスの場合、作問も採点も主に高校教員が行うが、日本の場合は大学教員が担っているので、高校の成績のみの選抜は抵抗が大きいだろう。高校2年までの学習内容から出題したり、AI(人工知能)を利用したオンラインの試験監督などICT(情報通信技術)を活用したりすれば、大学入試は通常通り実施できるのではないか」
 ―オンライン授業の有無など学力格差を是正するにはどうすればいいか。
 「本年度を1年半に延ばせば学力格差が減るとは考えられない。オンラインに限らず先進的な実践例はあるが、広まっていない。教育委員会や文部科学省がそうした例を紹介し、財政面や人材面で支援する環境をつくれば、学習の質を保障できるはずだ」
 ―9月入学は留学促進につながると言われている。
 「9月入学を導入したところでお金がなければ留学はできない。奨学金の充実や実践的な英語力の育成に力を入れ、今の制度の下で留学できるようにした方がいいのではないか。そもそも留学は教育目的ではなく、言語や文化を獲得する手段の一つ。留学促進のために国の教育制度全体を大転換させる必要があるのかどうか。そのこと自体を検討すべきだ」
 ―9月入学のデメリットは。
 「私立校の児童・生徒や大学生の学費の負担が重くなり、卒業後に働けば得られたはずの半年分の給与が得られなくなる。仮に私立大が学費を負担する場合、1兆円の損害になるという試算もあり、学習支援の方が効果があるのではないかと感じる。また、学校は年間スケジュールの変更に伴う事務作業に忙殺され、教育努力の意欲をそぎかねない。新卒者が出ないことによる労働力不足や育休が延長できない末の退職など、雇用や労働への多様な影響に対応しきれないだろう」
 ―児童や生徒、保護者の不安を払拭(ふっしょく)するためにどうすればいいか。
 「児童・生徒と教員がつながっている感覚が大事。学習課題を郵送するだけでなく、添削やコメントを入れたり、電話で疑問点を尋ねたりして『あなたを気にしているよ』と働き掛ければ、児童・生徒や保護者の安心感につながる。また、電話をかける日時などの予定を決めておくと、自分で学習を進めやすくなる」
 ―生徒自身からも9月入学を望む声がある。
 「9月入学がどういうものなのか、視野を広く持ち、さまざまな立場で考えてみてほしい」